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極楽式御伽話 弐

前回までのあらすじ
 桃から生まれたらしい男は、鬼を退治するため鬼退治にでかけた。
 途中、犬のジョンと出会い、男はポチと名づけられる。
 みたいな感じ。


 こうして一人と一匹は旅を続けた。
「おい、ポチ」
「何だ、呼び捨てかよ」
「まぁ人間のくせに固いことを言うな。それより、お前武器とか持ってきたか?」
 ジョンに言われて気づいたのだが、持ち物と言えば地図とおにぎりしかなかった。おにぎりをぶつけたとしてもスライムも倒せまい。
「そう言えば何も持ってこなかったな」
「おいおい。そんなに腕っ節に自信ありか?」
「いや。この前タンスの角に小指をぶつけたら骨折した」
「カルシウムが足りないんだよ」
「へえ」
「骨粗しょう症かもしれないぞ」
「何だその恐ろしげな名前は。しかもソショウショウって言いづらっ」
 などと、いつの間にか話題は○○思いっきり健康の話に移っていった。
 ジョンは犬のくせに博識で、なかなかためになる知識を教えてくれた。おれは地図の裏にメモを取りながら、健康情報を教授してもらった。
 すると「助けてください」と声がした。
 若い女性のような声だったが、カニだった。
 カニまでしゃべるとはこりゃなんでもありだなぁと思った。
「ちょっと待ってください」
 とおれは丁寧に断り、ジョンにココアの効能を尋ねた。
「ふむふむ、なるほどねえ。ココアは健康にいいのか」
「あの、お話は済みましたか?」
「ああ、はい。なんすか?」
 カニはぶくぶくと泡を吹きながら、ガサガサと横歩きしている。動揺しているのだろうか。
「実は、大切なものを奪われてしまったのです」
 深刻そうな声を出すが、なにぶん表情がないので、理解に苦しんだ。
「大切なもの?」
「はい。柿の種です」
「しょぼっ」
 思わず声に出してしまうと、カニは動きを止め、より一層泡を吹いた。ネズミ花火みたいだ。
「これは失敬」
「……」
「で、誰に奪われたんですか?」
「あの木の上のサルです」
 そう言ってハサミで頭上を指すと、確かに木の上にサルの影が見えた。
 サルはサングラスをかけていて、頬に傷があった。そして小指がなかった。
 おれは「やばい」と思い、視線を戻した。
「ちょ、ちょっと、おれたち急いでるんで」
「そんなこと言わないで、助けてください。本当に困ってるんです」
「そういうことは警察に言った方が」
 カニはまたガサガサと横歩きを始めた。
「警察も恐れていて、手が出せないようなのです」
「そ、それなら余計無理っすよ。勘弁してください」
「そ、そうですか」
 残念そうにうつむくカニ。でも横歩きは続けている。
「おいっ」
 突然、それまで黙っていたジョンが大声をあげた。おれはびっくりして少しチビッた。これが尿漏れというやつだろうか。いや、失禁だっけ?
「な、なんだよ、ジョン。大声出して」
 ジョンはおれを見上げながら険しい顔をしている。
 その様子をカニは期待の眼差しで見ている。
「カニは目を回すと、まっすぐに歩くらしいぞ」
 真面目な顔でジョンは再び博識ぶりを披露してくれた。
「へえ、そうなんだ」
 おれが感心してそう言うと、ジョンはにやりと笑った。
「やってみようじゃないか」
 おれたちはカニに視線を向けた。彼女(?)はやばいと思ったのか、全力で走り出した。それをジョンが四足モードになって追いかける。そして口にくわえ、戻ってきた。
「やめてくださいっ、お願いします」
 カニは懸命に言った。
「いいか、故人は百聞は一見にしかずと言った。何事も実際に見なきゃだめだ」
 ジョンはまるっきりカニの言葉をシカトした。
 こいつ、案外恐ろしいな。
「どうすればいい?」
「ぐるぐる回してみようぜ」
 頷いて、思いっきり回そうとすると、後ろから思いっきりどつかれた。
 その衝撃でカニを手放してしまう。
 前のめりに倒れこみ、鼻をしたたかにぶつけ、目から星が出た。
 痛みにこらえてよくがんばって立ち上がると、サルが仁王立ちで立っていた。
 さっきは木の上にいたので、遠近法で普通の大きさに見えたが、実際は二メートル近い。こんなでかいサルは見たことがなかった。ていうか、本当にサルですか?
「てめえ、おれの女に何しやがる」
 ドスの聞いた声が、おれの背筋を凍らせる。
「あ、あんたぁ」
 カニはサルの身体を駆け上り、肩に止まっている。
「え。な、何もしてないです。本当です」
「マワすとか何とか言ってたじゃねえか」
「あのマワすって言っても、その」
「うるせえっ」
 地獄の底から響いてくるような恐ろしい声だった。
 おれは再びチビッた。
 今度は大きい方も危うかった。
 ジョンに助けを求めようと、そっちを見るがヤツは素知らぬ感じで寝たフリをしている。
 あの野郎。
「あ、あいつが先に言い出したんですよ」
 慌ててジョンの方を指差すが、ヤツは「わんわん」としか言わなかった。
「あぁ? こいつしゃべれねえみたいじゃねえか」
「しらばっくれてるんですよっ」
 必死でそう言ってみても、ジョンは不思議そうに首をかしげるだけだった。
「てめえ、適当なこと言ってるとタダじゃすまさねえぞ」
 サルはそう言って、おれの胸倉をつかんだ。
 そのときおれは悟った。
 所詮、人間は独りなのだ、と。

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