極楽式御伽話 参
「おい、やめたまえ」
観念して液という液を全身からフィーバーさせていると、後ろから声がした。
振り返るとそこには二メートルはあろうかという大男がいた。
全身真っ赤で、額にオシャレな突起がついている。上半身は裸なのでギャランドゥがワサワサと生い茂っている。下半身には虎皮の腰巻をファッショナブルに着こなしている。なかなかモダーンな感じの人だ。
「なんだ、てめえ?」
サルは地獄の咆哮のような声で、大男を威嚇した。
おれはまた股間を濡らしてしまったが、大男は全く意に介していない様子だった。
かっこE〜。
「困っているじゃないか、やめたまえよ」
「おい、お前。しゃしゃりでると痛い目見るぞ」
「ほう。面白い、どうしてくれるのかな」
「無理やり口をこじ開けて」
サルは一呼吸開けて、次のセリフをためた。
「その中に銀紙いれるぞ、この野郎っ!」
ひいっ。
全身に寒気が走った。
ジョンも思わず「ぬおっ」と声をもらしたが、また素知らぬ振りをして「くうぅん」などとごまかしやがった。
しかし、大男はうつむいて静かに笑っている。
その様子はさすがにサルにも意外だったようで、若干動揺している。
「面白い。やってもらおうじゃないか」
「て、てめえ。脅しじゃねえぞ」
「わかってるよ。さあ。やりたまえっ」
男は歓喜に満ち溢れた表情で、サルに呼びかけた。その声には悦びが満ち満ちて、小さな村一つ分くらいの幸せがこもってそうだった。
「くっ。気持ちの悪いやつだ」
同意見だったが、どうやらこれで助かりそうだったので口にはださなかった。
大男は「さあ、さあっ」と言いながら、両手でサルを呼び込んでいる。
その様子を見て、サルはぺっと唾を吐いて、背中を向けた。
「おい、どうしたんだ。やらないのか?」
焦って声をかける男を無視し、サルはカニと共に立ち去っていった。
大男はひどく意気消沈し、両膝を抱えたまま体育座りをしている。
これは何て声をかけたらいいものか。
「あ、あの」
遠慮がちに声をかけると、大男はこちらをチラ見した。
「なんですか?」
「助けてくれてありがとうございます」
「え? あっ、ああ。なんてことないですよ」
「何をそんなに落ち込んでるんですか?」
「お、落ち込んでなんかないですよ。元気ハツラツですよ。ほら」
大男は勢いよく立ちあがろうとしたが、立ちくらみでふらついた。
ジョンはそれを見て、ちょっと笑いをかみ殺している。
「あの。本当にありがとうございました。じゃあこれで」
「えっ。もう行っちゃうんですか?」
「え? ああ、はい。あの、何かまだ?」
「何かと言われれば何もないですが」
「じゃあ、先を急ぎますんで」
「えー、そうなんですか。そうは見えないなー」
ならどう見えるんだよ。
そのとき、スソを引っ張られる感覚があり、下を見ると、ジョンがにやにやして立っていた。
「おい、ポチ」
「なに?」
「こいつはMだぞ」
「M?」
「そう。ドMだ」
「Mって何?」
「そんなことも知らないのか、最近の若者は」
「すまん。まだ生まれてから一週間くらいなもんで……」
「ちっ。ガキはすぐ言い訳を言いやがる」
「申し訳ないです」
ジョンはサルがいたときとはうって変わって、態度が大きくなっている。
というか、これが本来のスタイルか。
「おい、でかいの」
おれの質問には答えもせず、ジョンは大男に話かけ始めた。
「何ですか?」
「ちょっとこっちこい」
器用に手招きをすると、大男はこちらにてくてくと歩いてくる。
近くまで来たところで、急にジョンが飛び上がり、彼にドロップキックをくらわせた。
「おい、何してるんだ!」
怒った大男にジョンが殺されてしまっては寝覚めが悪い。いくら性格がアレだとしても。
が、大男が襲ってくることはなかった。
「ちょっと何するんですかぁ〜」
顔は怒りの表情浮かべようとしているが、声がうれしそうだ。
なんだこれは。
なんなのだ!
おれは人間の神秘というものを知り始めようとしていた。