短編小説・ショートショート【極楽堂】
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ミッドナイトゴーストツアー
どうやら話を聞いた広康は待ってるのももどかしく、ひとりで来ていたようだ。「どうも教えてくれないような気がしてさー。特にトキオが」
「呼び捨てにするな。たまたま連絡するのを忘れただけだ」
「忘れた? またまた。だって今日話したばっかでしょぉ」
広康が混ざることで、だいぶ恐怖が和らいだ。どうもこいつも恐怖という感情は持ち合わせていないようだ。
「あ、あったよ」
聡が懐中電灯を前方に向ける。
ゆらゆらとした黒い水面が光に照らされた。
「結構大きいんだな」
「だね」
「どう? 出そうな感じじゃない?」
妙にうれしそうな様子で広康がおれたちを見上げた。
そばまでやってくると、水独特の匂いが微かに鼻腔をくすぐった。
「で、どこにしようか?」
「なにが?」
「このまま歩いていてもしょうがないでしょ? だからどこかに陣取って座ろうよ」
「ああ」
確かにこんなところを一晩中歩いていろと言われたら拷問に近い。
「水面を来るわけだから、やはり水に近い方がいいだろうな」
「でも、あんまり近すぎると、ぬかるんでるんじゃないかなぁ」
「ああ」
「どこでもいいから早く座ろうよー。疲れたー」
ガヤガヤと騒ぎながら、三人でベストポジションを探す。
「あ、ここいいんじゃない?」
あまり草が生い茂っておらず、遠くまで見渡せそうな場所を聡が見つけた。
「そうだな。ここならどこに出現しても確認できそうだ」
「いいね、いいね」
「よし、じゃあ」と言いながら、聡がリュックから敷物を取り出した。光を照らすと、赤とか黄色とかのカラフルな縞模様のやつだった。
「なんだか遠足みたいだな」
「うわ、なつかしー」
小学生の広康が懐かしいというのだから、よほどのものなのだろう。
できるだけぬかるんでないところを選び、そこに三人で腰を下ろす。
「さ、これで準備万端だ」
「早く出ろ出ろ」
二人は相撲の升席にでも座っているような感じだ。目をキラキラさせながら、沼に熱い視線を送っている。
やがて一時間が経過した。
一向にそれらしい気配はない。
がーがーうるさかった広康は、早くも眠りについてしまった。時折、聡もガクッガクッと首が前に倒れかけている。
今日は出ないのだろうか。
大きくあくびをして、ぼんやりとそんなことを考えていた。いくら幽霊だからといって、年中無休ということもあるまい。たまには休むこともあるだろう。
すると突然、広康が「ぎゃっ」と言って、起き上がった。急なことだったので、おれは思わず「おわふ」と意味もない声をあげてしまった。
「どうしたのぉ?」
大きな声に起こされた聡が眠そうに尋ねる。広康は起きているのか寝ているのかわからないような虚ろな表情で「蚊に刺された」と言って、また眠りについた。
なんなんだ、こいつは。
おれは見たことのない生き物を見るような目で、広康の顔を凝視した。
そこで、ふと右腕にチクリとした感触がある。咄嗟に左手で叩く。確かに蚊がいるようだ。こんな水辺なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだろう。
思い出したように聡もぴしゃりと叩いている。
そのまま特にイベントも発生せずに、だんだんと空が明るくなってきた。
「骨折り損だ」
大きく伸びをしながら、おれはぼやいた。
「まあ、こういうこともあるよ」
聡は軽く笑いながら、頭をかいた。
「そろそろ帰るか」
「そうだね」
こんな明るさなら幽霊も恥ずかしがって出てこないだろう。すやすやと眠る広康の頭を軽くこづく。結果として、こいつに二度も驚かされたことだけが、今回の収穫だった。いや、とても収穫と呼べるようなものでもあるまい。とんだトラブルメイカーだ。
「ん? う、はあああぁ」
ゆっくりと両手を高くあげ、広康が目を覚ます。
「ふあぁ。今、何時?」
「ん。五時を回ったところだな」
眠そうに目をこすりながら、広康は大きくあくびをした。
「で、結局出た?」
おれたちの顔を交互に見比べるが、おれたちは黙って首を横に振るだけだった。
「そっか。なーんだ」
「そろそろ帰るよ。トキオ、そっち持って。これ片付けるから」
「おう」
聡の指示に従い、シートを片付ける。
徹夜独特の倦怠感が身体中にまとわりつく。よくもまあこんなことを一晩中もしていたものだ。
そのまま三人で口数も少なく、帰途についた。
なかなかタクシーが通りかからず、帰り道も大変だった。
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