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小さな大間違い

 持ち上げた受話器を充電器に戻す。
 これで四回目。
 電話をかけようという意思はあるのだが、身体がそれに従ってくれない。
 彼と喧嘩してから三週間が経つが、電話はおろか、メールすらもしていない。きっかけは些細なことだったけれども、お互い変に意地をはってしまい、なかなか関係を修復できずにいる。どちらかが謝れば済むことなのだけど、お互いに相手が謝ってくれるのを待っているため、事態は膠着状態だ。
 最初こそがんばってはみたものの、やはりこの状況には耐えられず、わたしから降伏しようと思っていた。
 再び深呼吸し、受話器を手にする。
「よし」と自分に言い聞かせ、数字の入った透明な丸ボタンをプッシュする。
 トゥルルルル……。
 繰り返される規則的な呼び出し音が、緊張感を加速させる。
 じっとりと手が汗ばんでくる。
 頭がカッと熱くなる。
 ガチャ。
「アイコっ?」
 つながるとすぐに、切迫した男の人の声が飛び込んでくる。
「どうして連絡くれないんだよ。ずっと待ってたんだぜ」
 息つぎの暇もないほど、彼は言葉をつむぎ続ける。
「まだ怒ってるのか? おれが悪かったよ。あんなことで怒っちゃって。ほんと悪かった。この通り謝るから、もう許してくれよ」
 勢いに圧倒されて、わたしは声が出せない。
「なぁ、アイコ。おれはお前じゃなきゃだめなんだよ。分かるだろ? だから何とか言ってくれよ」
 そこまできて、ようやく少しの間ができる。
「アイコ?」
 相手が不思議そうにわたしに尋ねかける。
 そして返答を待つ沈黙。
 重い重い静寂。
 バクバクとなる心臓をどうにか押さえつけようとするものの、従ってくれそうにもない。
 パニくったわたしは、思わず電話を切ってしまう。
 受話器を置いて、目をつぶり深呼吸。
 今の出来事を反芻する。
「ふぅ」
 それにしてもアイコさんって誰なんだろ。
 間違い電話だからって、黙って切っちゃったのはまずかったかな?

Oct. 30, 2005


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