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キミだけを

「どうして、こんなことを……?」
 長髪を後ろに束ねた少し影のある女が、理解できないといった口ぶりでつぶやいた。
「なぜそんな顔をするんだい? ぼくはキミが好きなだけなんだよ」
「だからといって、こんなこと」
「別にぼくが何をしようと勝手じゃないか」
 一点の曇りもない眼差しで男が反論すると、女は言葉をつまらせた。
 頭ではやめさせなければと思っているのだが、彼の怒りを買いたくはなかった。
 そして、彼の気持ちが分からないわけでもない。
 きっと口はあんなことを言っていても、後ろめたさを感じているに違いない。
 あくまでそれは、希望的観測に過ぎないが。
「ふぅ」
 作業を終えた男がイスに腰掛けた。
「さぁ、食事にしよう」
 促されて女も席につく。
 静かな食卓が始まる。
 カチカチと箸が食器を当たる音だけが部屋に響く。
「やっぱりいけないことだと思うわ」
 静寂のダイニングに女の声がヒビを加える。
 男は無視して、食事を続けているが、わずかに苛立ちを見せた。
「ねえ、あなた」
「……」
「やっぱりやめて欲しいの。白身だけ捨てるのを」
「うるさい! ぼくは黄身だけが好きなんだっ!」

Oct. 6,2005


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