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わがまま日和

「これ、好きじゃないって言ったよね」
 わたしは目の前にある皿を乱暴にひっくり返した。
 がしゃんと派手な音を立てて、料理たちが床に飛び散る。
 突然の音に彼は驚いたようだ。一瞬眉をしかめ、それからおどおどとわたしの様子をうかがっている。こういうところも好きになれない。
「なに、その顔? 何か言いたいことでもあるわけ?」
 挑戦的な言葉をなげつけると、顔をしかめながら彼は頭を掻いた。
 それから黙って、床に転がっている料理を片付けだす。
 その表情には困惑と悲哀が浮かんでいる。
 といってもそんなもの知ったことじゃないけど。
「早く代わりのもの持ってきて」
 料理を片付け終わった彼は軽くため息をつき、台所に消えていった。
 そもそもなぜわたしがこんな男のところに来なければならなかったのか。
 こんな面白くもなんともないような男のところに。
 窓から外の景色を眺めながら、そんなことを考える。
 明るい日が差し込んでいる窓から、小さい家々が見ることができた。
 ここは一〇階。
 飛び降りて逃げられる高さではない。
 それがまたわたしの心をイライラさせ、虚脱させた。
 彼が戻ってくる。
 わたしの様子をうかがうように、慎重に代わりの皿を置く。
 怒る気力もなくなり大人しくそれに口をつける。
 味は可もなく不可もなく。
「なあ、機嫌直してくれよ。もう少しの辛抱だから」
 彼がわたしに向かって言葉をよこすが、それには答えず食事を続ける。
 彼は尚も言葉を続ける。
「ぼくだって君に喜んでもらえるように努力してるんだ。もちろん至らない部分はあるだろうけど、少しはその努力を認めてくれてもいいじゃないか」
 愚痴はお断り。
 わたしはぷいと顔をそらし、その場を離れた。
 彼は露骨にため息をつき、また頭を掻いた。
 それを無視し、窓際からぼんやりと外の景色を眺める。
 今日は天気がいい。
 暖かい日が身体に当たり、気持ちがいい。
 思わずうとうとと眠りそうになる。
 ピンポーン。
 来客を知らせるチャイムが鳴り、思わず腰が浮く。
 彼は小走りで玄関に向かった。
 わたしはその後ろ姿を見送る。
 挨拶を交わす声が聞こえ、すぐに見慣れた顔が部屋に入ってきた。
「ひさしぶりー」
 なれなれしい声がわたしに向けられる。
 彼女はいつでもこういう態度だ。
 もうとっくに慣れてしまったが、あまりべたべたされるのは好きではない。
「どう? 元気だった?」
 にこにこしながらゆっくり近寄ってくる彼女に、なすがままに身をあずける。
「この子、わがままだから大変だったでしょ?」
 振り返りながら彼女が彼に言う。
「ううん。全然」
 この嘘つき。
 わたしはキッと彼のことをにらんだ。
「え、本当? めずらしい。もしかして君のことを気に入ったのかな?」
「それはうれしいね」
「なら、また連れてこよっか」
「え? いや、いいよ。ここまで連れてくるの大変でしょ? 彼女も疲れるだろうし」
「そうでもないと思うけど」
「あ、うん。それに彼女、高いところ苦手かもしれないし」
「えー。そんなことないわ。よく木に登ったりしてるもの」
「え? うん、まあとにかく。今日はゆっくり一緒に過ごしてあげて」
「そうね。久しぶりだし」
 彼女はわたしを抱き上げた。
「じゃそろそろ行くね。あずかってくれて本当にありがとう。助かったよ」
「いえいえそんな。お役に立てて光栄です」
「はは。今度食事おごるね」
「うん。期待してるよ」
 彼女はわたしをケースの中につめた。
 この中は狭いから好きじゃない。
 思わず「ニャア」と声が漏れた。

June 15,2009


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