真夜中の漂流者
いる。
直感だった。
何かはわからないが、絶対その場にいる。
ここは俺の部屋だし、鍵も閉めたはずだ。もし誰かが入ってきたら、ドアの開ける音、もしくは窓を壊す音なんかが聞こえるはずだ。
しかしそんな音は一つもしなかった。
いくら眠っていたとはいえ、そんな大きな音がすれば気付くはずだ。
暗闇の中、がさがさと何かが動く気配。
意識をそこに集中させる。
やはり、いる。
ちょうど人間くらいの大きさのモノが、ベッドのすぐ横にいる。
なんなんだ?
寝ぼけていた頭が急速に回転を始め、はっきりと目が覚めていく。
身体はゆっくりと熱を帯び始める。
幽霊?
思わずそんな言葉が頭に浮かぶ。
そんな馬鹿な……。
頭では否定しても、完璧にそれを打ち消すことが出来ない。
のっそりと立ち上がる気配がした。
起きていることを気付かれてはやばいと思い、目を閉じる。
「何か」は俺を見下ろす位置に立っているようだった。
上から覗き込まれている感覚。まるで俺のことを品定めしているようだ。冷や汗がじっとりとにじんでくる。
そのまましばらく、寝ているふりを続けた。
沈黙の対話が続く。
『ぴりりりりりり』
突然、静寂を引き裂くけたたましい音が部屋に鳴り響く。
思わず身体がびくっとなるが、何とか抑える。
どうやらメールの着信音のようだ。
こんな時間に誰が……。
やつが何らかの行動を起こすのではないかと気が気でない。永遠とも思える時間。部屋全体に響き渡る無機質な電子音。
早く消えてくれ。心の中で、叫ぶ。
寒気と熱さが全身を駆け巡る。心臓はマラソン直後のように激しく暴れている。
ようやく音がやみ、再び静寂が訪れる。
すると、それと同時に、辺りに立ち込めていた嫌な空気が、すっとなくなっていくように思えた。
部屋全体がゆっくりと元の姿を取り戻していくような感覚。
いなくなったのか?
辺りに意識を集中させながら、自分に問い掛ける。
しばらく目をつむったまま様子を窺ったが、さっきのような嫌な感覚は全くと言ってよいほど感じられなかった。どうやら何事もなく済んだようだ。
胸をなでおろし、深く溜め息をつく。
一体さっきのはなんだったのだろうか。
確かに何かがいる気配はあった。
じっとりと粘りつくような視線が、俺の全身に冷や汗を産みだしたのだ。
ゆっくりと身体を起こす。
部屋に何か変わった形跡はなく、いつも通りのちらかった部屋だった。
さっきの正体はなんだったのかと、釈然としない気持ちがあったが、今となってはどうすることもできず、再び寝ることにした。
ふと、小さな赤い点滅が目に入った。
さっきのメールの着信を知らせるランプだ。
こんな時間に誰だったんだろうと思いながら、ケータイを手にする。
ディスプレイに目を落とし、ゆっくりとそこに書かれた文字を読む。
『今この中にアレが入っていマス。でもご安心くダサい。5分以内に誰かニコのメールをそのまま転送しテモラえば、アレはあなたノトコろにはもう寄りツきませン。時間を過ぎテしマウと身の安全は保証できマセん。さぁ今すぐ憎いアイツにこのメールを送りマシょう♪』
なんだ、これは!
送り主は見たこともないようなアドレスだった。当然メモリには入っていない。ランダムに生成されたアルファベットと数字の羅列だ。
到底信じられる内容ではなかったが、さっきの嫌な感覚を思い出すと、あながち嘘とも思えなかった。
どっちにしろ気味が悪いので、誰か適当な人に送りつけることにした。
前から気に食わないと思ってたあの男に。
アドレスは残ってしまうが、後で適当にごまかせば何とかなるだろう。
とりあえずこの厄介なものをどこかにやってしまいたかった。
手馴れた手つきで転送する。
送られたのを確認し、ふっと息をつく。デジタルの時計は三時を示していた。もう一度寝直そう。
これでゆっくり眠れそうだ。
翌朝、携帯を見ると昨日の変なメールはなくなっていた。
夢だったのか?
それにしてもリアルな夢だった。今でもあの嫌な感覚は甦ってくる。それから変なメールがきた。うさんくさい内容だったが、指示に従い、アイツに送った。
アイツ?
誰だ、それ。
Dec. 23,2002