雨の下、見上げる瞳
やはり戻ろうか。
降り止まない雨の下、ぼくの足はゆっくりと止まった。
容赦の無い雨粒が、バチバチと傘をうちつける。その連続した音たちが、ぼくを引きとめようとしているようだ。
すでに、あそこを通り過ぎてしまってから、もう10分は経っている。
振り返ったところで、もう何も見えない。
戻ったところでどうしようというのだ。
ウチには母親の厳しい警戒網が待っている。いくら隠そうとしたところで、見つかるのは時間の問題だ。今まで隠してきた宝物たちも根こそぎ発見され、没収されてしまった。
そして、見つかる度にこれでもかというくらい怒鳴られた。
あんな思いはもう御免だ。
けど……。
頭にさっきの光景が浮かぶ。
びしょびしょに濡れながらも、こちらを見上げている眼差し。無言ながら、相当な説得力のある瞳だった。
もしかすると、もう他の誰かに拾われてしまったかもしれない。
そんな思いが浮かぶ。
複雑な気持ちだ。
そうなって欲しい気もするし、それはそれで残念な気もする。
こういうのって二律背反っていうんだっけ?
ごちゃごちゃ考えていても仕方がない。
ぼくは意を決し、今来た道を戻り始めた。
雨は一向に止む気配が無く、むしろ強まっているような感じさえある。
傘が届かない範囲にある靴やズボンは、もうほとんどずぶ濡れだった。
だんだん歩調が早まる。
共に鼓動も高まる。
なんでこんなことをしているんだろう。
行こうとする気持ちと、やめようとする気持ちが、天使と悪魔のように頭上でケンカしている。
ぼくはどっちに勝って欲しいんだろう。
そんなことを考えながらも、足は止まらない。
ただただ前へ。
身体は理性を無視して、その進路をひた進む。
あそこを曲がればもうすぐだ。
あ。
思わず駆け寄る。
水溜りが、あざわらうかのようにびしゃびしゃと鳴る。
「ない」
辺りを見回してみても、どこにもさっきの姿はなかった。
拾われてしまったのか。
がっかりしたような、ほっとしたような感情が湧きあがり、ぼくは大きくため息をついた。
「これでよかったのかな」
頭をぽりぽりとかいて、少し呆然と立ち尽くす。
防衛機制が「持って帰らなくてよかったんだ」と熱心にぼくを説得する。
その説得にしぶしぶ応じ、ぼくはまた帰途についた。
けれども、どうしてこうも心を惹かれてしまうものなのだろうか。
そして、どうしてあんなものがあそこに捨てられているのだろうか。
あんな本、捨てられたら気になるじゃないか。
こっちはそういうお年頃なんだから。
May 29,2008