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追跡! 二十四分

「あら、どうしたの? 一品しか頼まないなんてめずらしいじゃん」
 目の前にある水の入ったグラスを手にしながら、向かい側に座っている男に尋ねる。オオノは見た目やせているのだが、驚くほどよく食べる。恐らく代謝がいいから太らないのだろう。うらやましい。一緒に飯を食いに行くと、彼は二品注文することが多かった。ラーメンとチャーハンとギョウザというのは彼にとって、定番の注文となりつつある。
 オオノは俺の質問にちょっと困ったような表情を浮かべ、おしぼりで手をふいた。
「いやね、最近金欠気味なんだよ」
「何か高いものでも買ったの?」
 軽く首を振り、頭をかく。どこか恥ずかしそうな感じ。
 ひょっとして。
「女か?」
 分かりやすいくらいにオオノの顔は赤くなった。嘘のつけない男だ。
「ちちちち違うよ」
「お前ねえ、そんなにどもってたら説得力ゼロだよ」
 観念したように、うつむく。趣味はオタクっぽいとこがあるが、見た目はさほど悪くない。黙っていれば、そこそこモテてもおかしくないだろう。体型はすらっとした痩せ型だし、身長は一七五センチ、顔立ちも整っている。通信簿があれば四はいくだろう。いや、五をつけてもさほど問題ないかもしれない。
「俺、こういう経験あまりないから知らなかったけど、結構金かかるんだね」
「そりゃまあな。飯おごったり、イベントごとにプレゼントも必要になるしな」
「そうなんだよ」
「なに、どういうタイプなんだよ?」
「タイプ? ん〜、なんだろ」
「派手とか、地味とか」
「どっちかって言えば派手かな」
「へえ、お前がねえ」
 今までまともにつきあったことがないだろうこの男に、派手な女。
 こいつはぁ、ちょっと心配だな。
「家とかにも呼んだりするのか?」
「いや、今まで一度もない」
「呼べばいいじゃん。せっかくの一人暮らしなんだからよ」
「なかなか言い出せなくてさ」
「じゃ、どこで会ってんの? まさかホテルとか」
「と、とんでもないよ。ホホホホテルなんて」
「だろうな」
 オオノとはガキのころからのつきあいだが、ほぼ間違いなく経験はないはずである。
 もう二一なんだから、そろそろあってもいいようなものだが。
「だいたい彼女の方から電話がきて、喫茶店とかそういうトコに行くことが多いかな」
「喫茶店? んで、終わりなの?」
「うん」
「はぁ? それってつきあってるって言えるかよ。健全な成人男女が喫茶店で話して終わりって」
「だ、だってつきあうとかって、よくわからないんだもん」
「お前さあ、いい年こいて何言ってんだよ」
「分からないもんはいくつになってもわかんないの」
「てか、喫茶店で会うくらいでそんなに金かかるかよ」
 たとえおごったとしても、たかがしれてる。数回行けば金欠になる、そんな高額な喫茶店というのを俺は知らない。
「なんか、彼女がさ。お金に困ってるみたいで」
「げ。お前まさか貸したの?」
「う、うん」
 嫌な予感がした。
「両親が入院したとか、財布を落としたとか。不幸って続くもんだよね」
 しあわせな野郎だ。
 さて、どうしたものか。
「で、いくら貸したの?」
「全部で三〇万くらい」
「さ、三〇万! お前よくそんなに金あったな」
「普段あまり使わないから、結構貯金あったんだよ」
 喫茶店でしか会わないような女によく三〇万も貸せるものだ。
 まったく人がいいというか、世間知らずというか。
「あとで絶対返してくれるって言ってたよ」
「返さないって言って借りるやつはいねえよ」
 長いつきあいだ、一肌ぬぎましょう。
「今度いつ会うわけ?」
「この後、待ち合わせしてんだ」
「あ、そう」
 後をつけてってとっちめてやろう。
 まったくふてえ女だ。
 オオノに気づかれないように、後をつける。
 もともとこいつは鈍感だから、よほどへまをしない限りばれることはないだろう。ちょっとした探偵気分を味わいつつ、彼の背中を追う。
 二〇分位歩き、オオノは店に入った。俺も何度も行ったことのある喫茶店で、もちろん高価なところではない。高校生でも気軽に入れるくらいの良心的な価格設定である。
 さすがに直後に店に入るのはまずいと思い、窓の外から様子を窺う。相手の女はもう来ているようだ。ちょうどこっちに背中を向けている格好で、顔までは見えない。オオノの笑みから言って、目的の女に間違いはないだろう。話の通り、結構派手目の赤いスーツを聞いて、髪はウェーブがかかっている。
 あの後ろ姿、どこかで見たような……。
 嫌な予感がする。
 まさか、あの女、また人をだまして金をとってるのか。
 俺はすぐさま店内に入った。近づいてくるとやはり俺の勘に間違いはないようだ。
 まずオオノが俺に気づき、目を真ん丸くしている。
「お、おまえ、どうして」
 その言葉を手で制す。
「またこんなことをしてるのか」
 背中を向けている女性は、観念したかのように微動だにしない。
「あれほどやめてくれっていったじゃないか」
 そんなやり取りを目の前にして、オオノはオロオロしている。
「な、なに? ふたりは知り合いなの?」
「知り合いもなにも」
 そこで声を区切る。
 まわりこんで、顔を確認して、深く息を吐く。
 やっぱりか。
「こいつは俺の母ちゃんだよ」
 オオノの開いた口は、しばらく閉じそうにない。

Jan. 10, 2004


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