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友オア恋

 トモヒロには悪いが、俺はヨシミちゃんのことが好きになってしまったようだ。
「あ、そうそう。ちょっと聞いてよ。この前さぁ、些細なことで、すっごい怒鳴られたの。ひどいと思わない?」
 目の前に彼女がいるわけでもないのに、大きく頷く。
「うんうん。そんなすぐに、むきになんなくてもいいよね。あいつ昔からそういうトコあるから」
 トモヒロとは小学校のときからの付き合いで、友だちの中では最も付き合いが長い。
 性格はやつが活発で、俺が内気。正反対だったが、それが逆にいいのかもしれない。
 やつと彼女は、二年前から付き合っている。
 紹介されたときは、何も感じなかったのだが、いろんな相談を受けているうちにだんだんと抑えきれない感情が芽生えてしまったようだ。
「だからヨシミちゃんは、そんなに悪くないと思うよ」
 ろくに事情も聞きもせず、俺は安易に彼女の意見を肯定していた。
 もちろん、彼女の好意を得たいがためである。
「だよね〜。アツシ君って話分かるよねえ。誰かさんと大違いだよ」
 おしっ、いい感触。
 トモヒロのイメージダウンと、自分のイメージアップ。
 これぞ一石二鳥、一挙両得。
 すまない、許せ友よ。
「ヨシミちゃんみたいないい子を怒鳴るなんて、やつは何考えてんだろうね。俺ならとてもそんなことできないよ」
「でしょでしょでしょ。あー、ほんとムカツク」
 彼女は短く息を吐いた。明らかに苛立ちがこもっている。
 この調子で、もう少しうまいことやろうと考えていた俺に、予想外の一言が飛び込んできた。
「ねえ、アツシ君からも言ってやってよ。今、代わるから」
 代わる?
 そこにいんのか?
「あ、アツシ?」
 聞きなれた親友の声が耳に飛び込んでくる。
 なんとも嫌な罪悪感が身に降りかかってくる。
「全く事情も知らないで、好き勝手言ってるみたいだな」
 呆れたようにトモヒロは言う。
 突然の出来事に、少し気が動転しつつも、冷静を装い、話を続ける。
「確かに事情は知らないけどさ。そんな怒鳴ることないじゃん。相手、女の子だぜ」
 出来るだけ、冷静に、穏やかに、波風が立たないように。
「お前、なんで怒鳴ったか聞かないのか?」
 意外だなと言った感じで、トモヒロは尋ねてくる。
 確かに事情も聞かないで、片方ばかりを非難するのは道理に合わない。
 最初からヨシミちゃんの味方でいようと思っていた俺は、その当たり前の行程を抜かしていた。
「なんでなんだよ?」
 いまさら、って気がしないでもないが、一応尋ねる。
「あいつさぁ、お前のことキモいって言ったんだぜ。親友の俺としてはその言葉は許せなかったわけよ。だから、怒鳴ったわけよ。そんでもお前、俺のこと責めるのか?」
 俺のため?
 ああ、俺はなんてことをしようとしていたんだ。
 こんな大切な友人を失うところだった。
 心の友と書いて心友。
 それはまさにお前のことだ。
 自分の行いを恥ずかしく思い、身体が熱くなる。
「トモヒロ、すまない。ぜんぜん何も知らないで……」
 感動のあまり言葉に詰まる。
 申し訳ない気持ちで、心が押しつぶされそうだった。
「いや、分かってくれればいいんだけどよ。小さいときからの仲じゃねえか。気にすんな」
 そういうとトモヒロはさわやかに笑った。
 やつの寛容な態度に、身が小さくなる思いがした。
 俺はなんて馬鹿なんだ。
「アツシくん?」
 さわやか笑いの残響音を背景にして、受話器の向こうの声が、ヨシミちゃんの声に戻る。
「ヨシミちゃん。トモヒロは悪くないよ。あいつはいいやつだから、そんな怒んないでやってよ」
 やはり男は愛情より、友情だぜ。
「え? ああ、うん。……ところでアツシくん、小学校のころ、虫食べてたってホント?」
 虫?
 俺が?
 何で?
「トモヒロから聞いたんだけど、……嘘だよね?」
 あんのヤローー!

May 6,2003


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