誰が為に彼らは走る
「やめる?」
一瞬頭の中が真っ白になった。
「冗談だろう?」
ぼくの問いかけに、拓也はただうつむいたままだった。
「どうして、急に」
「こんなこと、やってもしょうがないだろう」
つぶやくように拓也が言う。
顔は依然としてうつむいたままだ。
「意味はあるだろ。きっとぼくたちのことが必要な人だっているはずだ」
「いないよ、そんな人」
「そんなこと分からないだろ」
「分かるよ。おれらがやってることは、ただの近所迷惑だ」
その言葉にちょっと顔が強張る。
「近所迷惑? ぼくたちが? 何をいってるんだよ!」
拓也が顔をあげ、ぼくの目をキッと見た。
「迷惑だよ。でなければただの自己満足だ」
「そんな。ぼくはみんなのことを思って……」
「誰かに頼まれたわけじゃないだろ?」
「それはそうだけど」
確かに誰かに言われたわけじゃない。
でも、善意というのは自発的に起こるものだとぼくは信じていた。
「あいつらも、もうやめたいと言ってる」
「え?」
「準も良樹も太一も」
言葉を失う。
どうしてみんなまで?
「最初はおれたちも自分たちの行動に意味があるものだと思っていた。でも、それはただの幻想だったんだよ。こんなことしても、ただの迷惑に過ぎない。誰も感謝なんてしてくれないよ。現に誰かにお礼を言われたことが今まであったか」
「それは……ないけど」
今度はぼくの方がうつむいて、黙り込む番だった。
「だから」
拓也は躊躇うように、少し間をあけた。
「もうこんなことやめようぜ」
予想していた言葉だったが、予想以上にこたえた。
「なあ、おれたちももうガキじゃないんだ。いつまでもこんなこと続けられないだろう」
「ぼくたちのやったことは何だったんだろう」
「若気の至りってやつさ」
「そんなもんかな」
「そんなもんだよ」
こうして、ぼくたちの「若気の至り」は、あっさりと終わりを告げたのだった。
「ほら、もう起きなさい! 遅刻するわよ」
「ん、んああぁ。今、何時?」
「もう8時過ぎてるわよっ」
「は?」
おれは飛び起きた。
「なんで、もうこんな時間なんだよっ」
「うるさいわね。お母さんも寝坊したのよ」
「何やってるんだよ!」
「いつもの目覚ましが来なかったんだから、仕方ないでしょ!」
「目覚ましが来なかった?」
「そうよ。毎朝6時半くらいにやってくる暴走族がいたのよ。それでいつもは目を覚ましていたのに」
「なんだ、そのゾク?」
「毎朝助かってたのに今朝はどうしたのかしら……。ほら、遅刻するわよ。早く起きた起きた!」
Nov. 13,2009