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瞬間告白劇

「ヒカルさん」
 突然、知らない声に呼び止められ、振り返る。見覚えのある制服を着ているところから、恐らくは自分と同じ学校であるだろうということがわかった。他校の制服を着るという趣味がなければだが。
「何?」
 遠慮がちに問い返す。
「はじめまして、カミヤマチハルって言います」
「はぁ、はじめまして」
 どうしてぼくの名前を知っているのだろうか。
「あの、どうして名前……」
「だって有名ですよ。格好いいから。それに知らないと思いますがヒカルさんの隣のクラスなんです」
 確かにそれは知らなかった。
「へえ、そうなんだ。で、何のよう?」
 ぶっきらぼうに問う。
 乱雑に放たれたその言葉に、チハルはきゅっと口をつぐんだ。
 そして意を決したように再び言葉を紡いでいく。
「あのですね。今、付き合ってる人とかいますか……?」
 そういうことか。なるほどなるほど。
「別にいないけど」
 期待していた答えにパッと表情が明るく変わる。なんて分かりやすい人だろう。
「もし、よければですね。あの、あの」
 その先が言えなくて、なんども「あの」という言葉を飲み込む。
 ここまでくればいくら鈍感なぼくでも、その答えは想像がつく。
 こういう経験も一回や二回のことではない。
「悪いけど、あなたと付き合う気はないよ」
 明るかった表情が一瞬で土砂降りに変わる。感情が激しくて、見ている分には少し面白い。
「そ、そうですか。でも、どうしてですか?」
 ふう。
「もしよければでいいんですけど、教えて……くれませんか?」
 とっとと諦めてくれればいいものを。
 聞かないほうが幸せだってことは、この世にいくつも転がっているのだよ。
「まずね、突然知らない人に告白されても気味悪いでしょ」
 容赦なく言葉の刃が突き刺さっていく。
 少し悪い気もしたが、そんな質問をする自分が悪いのだ。
 自業自得。
「話したこともないのに、告白するってことは、結局噂とか、見た目とかで判断するわけでしょ。そんなことで好きになられてもうれしくないし」
 ダメージを受けていく様子が手にとるように分かる。
「あと致命的なことだけど、あなたのようなタイプは好きじゃないの」
 もうKO寸前である。
 恐らく次の言葉で、しとめることができるだろう
「ぼく、男の子と付き合う気ないから」
 ショックと言うよりも驚きの表情が彼の顔いっぱいに広がった。
 しばしの沈黙。
 何と言っていいか、考えあぐねているようだ。
 ようやくに頭の中に浮かんでいるおっきな疑問符を取り出す。
「だ、だって、ヒカルさんて女性です……よね」
「見ての通りだけど」
「それならどうして……?」
 理解できないといった表情で、ぼくの方を見つめる。
「人にはそれぞれ好みってものがあるのよ」
 驚きの表情を引っ込め、今度は落胆の表情を浮かべる。全く忙しい顔だこと。
「じゃ、そういうわけだから」
 心地よい風が吹き、スカートを少し持ち上げる。
 肩を落とす彼に向かって、軽く頭を下げ、ぼくはまた歩き出した。

July 9,2003


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