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はじめての

「あんたねえ、はっきりしなさいよ」
 短く切りそろえた髪、日に焼けた肌。
 恐らく彼女は運動系の部活をしているだろう。
 その健康そうな容姿がそれを証明している。快活そうで、はきはきしたしゃべり方も、彼女が体育会系であるということを表していた。
 そんな彼女から強い口調で言葉を投げかけられた細身の青年。ふちのない眼鏡をかけ、髪はぼさぼさ、色白で、簡単に折れてしまいそうな細い手足。何から何まで彼女とは正反対だ。
「でもぼく、こういうこと初めてで」
「は?」
「女の子と二人で車に乗るってことが……」
 消え入るように、ぼそりと青年がつぶやくと、彼女は見せつけるように大きくため息をついた。そのため息を聞いて、青年はますます身体を萎縮させた。
「予定とか立てなかったの? これからどうする気だったのよ?」
 呆れたように少女が尋ねると、彼女の視線を避けるように、青年は車の窓から風景に目をやった。まるで先生に叱られて、バツが悪くなっている生徒のようだ。咄嗟に彼女のことを車に乗せたはいいが、それからどうしようなんてことは全く考えていなかった。こんな無計画に行動を起こすということは、彼にとって非常に稀なことであった。いつもは引っ込み思案のため、考えた末に、その計画自体を止めてしまうことも少なくない。
「普通さぁ、どこ行くかとか考えるでしょ? 何? あたしに決めろっていうわけ?」
「えと、その……」
「あ〜、もうはっきりしない人ね。一緒に来たあたしが馬鹿みたいじゃない」
 どうしようもないといった感じに、彼女は再び大きくため息をつき、手で顔を覆った。青年はおどおどしながら、必死にどうしようか考えている様子だったが、なかなかその答えは出てきそうにない。そんな彼の様子を横目で見ながら、彼女は、にやりと不敵な笑みを浮かべた。どうやら何か思いついたようだ。そんな彼女にはお構いなしで、青年は必死に悩んでいる。
「ねえ」
 彼女が声をかけると、青年は身体をびくっと震わせ、「はい」と返事をした。どちらが年上なのかわかったものではない。恐らく彼女は中学生、彼は二〇台前半くらいだろうか。けれども、明らかに彼の方が緊張している。
「こういうときってさ。普通すること、あるじゃない?」
 そういって彼女はニコッと彼に微笑みかけた。その笑顔に圧倒され、ご彼はくりと唾を飲んだ。
「あの……なんでしょうか?」
 うすうす彼にも思い浮かんだことがあったのだが、あえて言わずに、尋ねることにした。下手なことを言って、彼女を怒らせるわけにもいかない。
「もうっ。わかってるくせに?」
 彼女が発したのは甘えた声だったが、彼の緊張は逆に高まった。当然、彼女の次のセリフが想像できたからである。
「あんたと、あたしの関係考えれば分かるでしょ」
 そう言ってニコッと白い歯を見せた。
「身代金」
 彼女は自分の携帯を彼に差し出した。
「まずは、あたしの身代金を要求しなくちゃね」
 楽しくてたまらないといった感じで、彼女はふふと笑った。
 そんな彼女を見て、彼は馬鹿な考えを思いついた一時間前の自分を恨んだ。

Aug. 31, 2003


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