計画は午後の喫茶店で
午後二時半に、この店で。
携帯のディスプレイを見ると、まだ二時十分を過ぎたところだった。
少し早いも気もするが、まぁいい。遅れて相手に不愉快な思いはさせたくない。
平日の午後の喫茶店は、買い物帰りの主婦や、休憩にコーヒーを飲むサラリーマンなどで、それなりににぎわっている。席の六割くらいは埋まっているだろうか。
時期外れの日差しの強さは、今が十月だということを忘れさせる。
とりあえずアイスコーヒーを注文し、先日渡された書類に目を通す。
そこにはこれから会う人物のプロフィールが簡単に書かれている。あいにく、写真はなかったので、具体的なイメージは湧かなかった。それでも最低限の知識は頭に入れておきたい。
コーヒーが届けられてからすぐに、「よう」と軽く肩を叩かれる。
振り向くと桐山が軽い笑みを浮かべながら、片手をあげた。おれは軽く頭を下げて「どうも」と返した。
「なんだ、まだ十分前か。早いな。いつからいるんだ?」
「二時十分くらいかな」
「そうか。感心、感心」
桐山と、もう一人の小柄な男が、おれの対面の席に腰掛ける。
「で、彼が?」
小柄な男をチラッと見る。資料が正しければ相川という名のはずだ。
「ああ、そうだ。ちょっと人見知りなもんでな」
相川は終始うつむいたままで、こちらを見ようともしなかった。表情の暗さから、鬱々とした雰囲気が彼を取り巻いている。とても友だちになりたいタイプではない。だが、仕事さえできれば性格などどうでもいいことだ。
「でも、腕は確かだ」
そう言って桐山は相川を見たが、相変わらず彼はうつむいたままで、何の反応も示さなかった。
本当に大丈夫だろうか。
いささか不安になる。
「まぁいい。これが今回の内容だ」
おれは隣の椅子に置いていた茶封筒をテーブルの上に出した。中にはホッチキスでとめられた幾枚かの紙が入っている。手馴れた感じでそれを受け取ると、「では、早速」と言って、桐山が読み始める。相川は一瞬だけ書類の方を見たが、結局またうつむいてしまった。さすがに少しは気になるようだ。心なしか、そわそわしている。
とりあえず、そんな相川のことは放っておいて、桐山の言葉を待つ。
いつもながら、何とももどかしい。
ようやく読み終えた桐山は、書類を置くと、にやっと微笑んだ。
「いいんじゃないか? なかなか」
それを聞き、ひとまずホッとする。
「読ませていいか?」
「ああ」
桐山は書類のたばを相川に渡した。
おれたち二人は黙って、相川の反応を待つ。
黙々とページをめくっていく彼の動きを見ながら、ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
「読みました」
相川の口から出された声は、想像していたよりも高かった。まだ変声期を終えていない小学生のような声だ。暗い雰囲気からは想像できないような明るい声。それはそれで彼に合っているような気もした。
「どう?」
「結構エグイですね」
今までずっと黙っていた相川の口が、そのまま言葉をつむいでいく。
「まあね。抵抗あるかい?」
「いえ」
「それはよかった」
「むしろ、こういうのやってみたいかも。こんなやり方よく思いつきますね」
「まぁ仕事だから」
一度口を開いた相川は能弁だった。
「さすがです。噂には聞いていましたが」
「噂?」
「残酷な殺し方に関しては右にでるものがいない、と」
思わず苦笑いする。そんな噂までたっているのか。
桐山はただニヤニヤしている。
こいつ、知っていたのか。
「あまり名誉な噂ではないね」
「とんでもないです。最高の褒め言葉でしょう」
「そりゃどうも」
面と向かってそう言われると、気恥ずかしくなり頭をかいた。
相川は何度も何度も書類を読み返している。さっきまでの無表情とは程遠いほど目を爛々とさせ、まるで新しいおもちゃを与えられた子どものようだ。
「で、どうだ、相川? やれそうか?」
桐山が尋ねる。
「もちろん。全力、いや死力を尽くさせていただきます」
力強く言い切り、彼はおれに向かって頭を下げた。
「ああ、よろしく頼む」
おれはそう答え、残っていたコーヒーを飲み干した。
彼ならきっと上手くやってくれるだろう。
直感的にそう思った。
さっきまでの不安が、彼の言葉によって打ち消される。
「よし、話はまとまったな」
満足そうに桐山がうんうんと頷く。
「何か分からないことがあったら、岩原先生に聞くんだぞ」
「はいっ」
いつもは呼び捨てのくせに、先生とはよく言うぜ。
「じゃ、このマンガが成功することを祈って、このあと飲みにでも行くか?」
笑顔の桐山は伝票を手にして席を立った。
Oct. 11,2005