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想いの行方

「髪、切ろうかな」
 コンビニで買ってきた雑誌に、髪の短いかわいいコが載っていた。演技とは思えない自然な感じで微笑む彼女にとても好感をもった。
「切らない方がいいよ」
「なんで」
「長い方が似合ってる」
「短いトコ見たことないでしょ」
「うん、まあ」
「なら分からないじゃない?」
「だけど」
「髪長いといろいろ面倒なのよ」
「だろうね」
「まぁ、あんたには分かんないだろうけど」
 皮肉っぽくそう言うと、あいつは言葉につまった。わたしは「ふふん」と鼻で笑って、雑誌に目を戻した。
「世の中には」
 一分と経たないうちに、あいつがまたしゃべりだした。目は雑誌に向けたまま、耳だけであいつの相手をする。
「髪がなくて困ってる人だっているんだ。それを簡単に手放すなんて許されない」
「別にあんたに許してもらう気はないわよ」
「恵まれない国には食べたくても食べられない子がたくさんいるんだよ」
「何の話よ」
「それを考えると、おれたちも食べ物を大切にしなければならない」
「だから、髪も大切にしろって?」
「うん」
「バカ?」
「え」
「しかもあんたは食べ物いらないでしょ」
「そうだけど」
「わたしたちが食べ物を大切にしたって、しなくたって、恵まれない国の子たちは食べられないの。それと同じ。わたしが髪を大切にしようとしなくても、彼らに髪は生えてはこないの」
「そ、それはそうだけど……」
「分かったなら大人しくしててね」
 目に力を込め、顔に笑顔を浮かべ、あいつを黙らせる。
 いつものようにあいつはしゅんとしている。
 子犬みたいで少しだけかわいい。
 お互いに沈黙のまま、しばらく時が経つ。その間、わたしはずっと雑誌を読んでいた。あいつは立ったり座ったり、歩いたり止まったり、意味のない行動を繰り返している。あいかわらず訳の分かんないやつだ。
 雑誌も一通り読み終わったので、相手をしてやることにする。
「なんでそんなに切って欲しくないわけ?」
「似てるんだ」
「誰に?」
「昔好きだった人に」
「わたしが?」
「うん」
「だから切って欲しくないの?」
「そう」
「てか、その好きだったのって、いつの話?」
「一五年以上前かな」
「げ。そんなに長い間、想ってるわけ?」
「そうだよ」
「すごい執念ね。てか、怨念? わたしには考えられないわ」
 そんなに長い間、ひとりの人を想い続けることなど可能なのだろうか。
 しかも相手は、この世にいないというのに。
 いや、いないからこそ、想えるものなのか。
「あんた、ずっとここに住んでるの?」
「他に行くとこないし」
「感心するわ」
「でも、キミが来てくれてよかったよ。話相手がいないと退屈なんだ」
「でしょうね。去年わたしがここに来るまで、どうしてたの? 普通はあんたのこと見えないわけでしょ?」
「うん、そう。みんなおれのことは見えない。ただおれは住んでる人を眺めてるだけ」
「立派な盗視ね」
「盗、ではないよ」
「ああ、そうね。別になんの害もないわけだし」
「あ、でも、一二、三年前に見える子がひとりいた」
「やっぱそういう子もいるんだ。よかった。わたしだけが変なわけじゃなくて」
「変という言い方は感じ悪い」
「だって幽霊が見えて、話ができるなんて、変以外の何者でもないでしょ。で、その子はどうなったの?」
「結婚するからって、出て行った」
「まさかここで一緒に住むわけにもいかないものね」
「それからずっと、誰とも話ができなかった」
「てか、あんた、いつまでここにいるの?」
「わかんない」
「ずっとここにいるわけ?」
「さあ」
「なんにも分かんないのね」
「うん」
「その、うーん。辛くとかはないわけ? 寂しいとか」
「ない、かな。あんまり感情がないんだ」 
「犬みたいね」
「わん」
「早く成仏すればいいのに。そうすりゃあっちで会えるかもしれないじゃん」
「ああ、それは思いつかなかった」
「やっぱりバカね」
「成仏ってどうやってするのかな」
「そんなの分かんないわよ。お坊さんとかに頼めばいいんじゃないの?」
「じゃ、呼んできてよ」
「えー、面倒くさい」
「頼む。この通り」
「わかったわよ。じゃ次の日曜にでも来てもらうわ」
「よかった」
「というか、わたしの実家が寺なのよね」
「え」
「もしかするとわたし、あんたを成仏させるためにここに来たのかしら」
「そうだ! キミは神の遣いに違いない!」
「神と仏は別物よ」
「じゃ、約束ね」
「はいはい」
 そんなやりとりがあって、その日は眠りについた。あいつはあいつなりに気を遣っているのか、寝るときはいつも天井裏で寝ていた。
 翌朝、天井に向かって呼びかけてみると、返事がない。
 まだ寝ているのかと思って、昼ごろにも呼んでみるが、やはり返答はない。
「せっかく、約束したのに」
 なんだか、少し寂しい気もしたが、どうやら「めでたしめでたし」のようだ。
 でもまさか、土曜の夜に律儀に現れるとは、そのときのわたしは思いもしなかったのであった。

June 30, 2004


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