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聖なる夜に

「なにが悲しくて男三人でこんなところに」
 絶望にくれた声でアキトがもらす。
 そりゃそうだ。
 だいの男が三人でカラオケボックスに来ているのだ。
 ただいま午前二時、しかも明日は、というか日付的には今日なんだけど、キリストさんの誕生日だ。世の健全な男女カップルは、ここぞとばかりにはりきっている。さらには、男女じゃないカップルも禁断の愛を育んでいるのだろう。いや、おれたちは違いますよ。
「それはお前に女がいないからだ、アキトよ」
 さっきまで歌っていたトモヒコが、アキトの傷口に塩を塗りこむ。アキトは眉をぴくっとあげて、トモヒコをにらみつける。その人相鬼神のごとし。
「つうか、お前だってここにいるべや」
 もっともな質問。
「だってあいつ風邪ひいてんだもん」
 なしのつぶて。トモヒコにはつきあって二年になる彼女がいる。俺は知ってるのだが、アキトは知らなかったみたいだ。客観的に見てもカワイイという基準をクリアしてる女の子だ。
「遅くまでマフラー編んでたんだと。このご時世にねえ。まぁあいつらしいって言えばらしいんだけど」
 カワイクて性格もおとなしく、尽くすタイプ。どこであんな彼女見つけてきたんだ、トモヒコよ!
「まあまあ、男同士で楽しめばいいじゃん」
 とりあえずおれは二人に割って入る。ここで喧嘩なんかされては、ますます惨めになるばかりだ。
「男同士で楽しむって……。その気はないぞ、カツヤ」
「んなこと分かってるっつうの!」
 まったく一言多いやつだ。なんでこんな男にあんなカワイイ彼女が……。
「ああ、彼女ほしいぃ」
 突発的にアキトがソウルシャウト。悲痛な叫びです。おれも欲しいって言えば欲しいけど、そんな叫ぶほどではない。そんな魂の叫びも、トモヒコには一切耳に届かないようで、次に歌う曲をリモコンで入れている。
「きっと同じように彼氏を欲しがってる子もいるはずなんだ。神はどうしてその子たちとめぐり合わせてくれないのだ」
 誕生日にそんなことを言われても困るよね、キリストさん。
 てか、キリストって神じゃないか?
「たとえそんな子がいても、お前とつきあうとは限らんぜ」
 よくもまぁ、ここでそんなセリフが言えるもんだ。なにか言い返そうとするアキトを無視して、トモヒコは置いてあったマイクを手にしてまた歌いだした。しかも微妙にうまいのよね、こいつ。
 カラオケショップのドアというのは、だいたいガラスがはめてある。人に見られては困るような行為を中でできないようにしてるのだろう。おれらが今日来てるとこはドアの真ん中より上のところと、足元のとこにガラスがあった。なので、人が通り過ぎるときにそこから確認できる。なにげなく目をやっていると、女の子らしき足が一人分通っていくのを目撃した。
「おいアキト。近くの部屋に女の子いるみたいだよ」
 酒をがぶ飲みしている彼女いない男に声をかける。
「なにっ?」
「もしかすると女の子だけで来てるのかもしんないよ」
「そいつは確かかっ!」
「いや、確かじゃないけど」
「とにかく確認せねば」
 酒の勢いも手伝ってか、アキトはいつもよりアクティブガイだ。ゲイじゃなくてガイよ、念のため。スパイのような身のこなしでアキトは壁にはりつき、外をうかがっている。厳しいその目に輝きがともる。不敵な眼差しをおれに向けると、小さくガッツポーズをした。
「カツヤ、おれ、男になってくる」
 そう言い残すとアキトは部屋を出て行った。
「グッドラック」
 親指を立てて、その後姿を見送り、あいかわらず熱唱している彼女いる男の声に耳を傾けた。
 ひとしきりの熱唱を終えると、トモヒコもさすがに疲れたのか、マイクを離し、代わりにウーロン茶を手にした。一口ぐいと飲むと、周りを見回して一言。
「あら、アキトは? 便所?」
 ようやく不在者に気づいたみたいだ。
「ナンパ」
「は? あいつがナンパなんか成功するわけないじゃん」
「別にやる分にはいいんじゃない」
「そりゃそうだけど。てか、ずいぶん帰り遅くないか?」
「確かに。成功したのかな」
 アキトがいなくなってから、すでに二〇分は経っている。
 成功したらしたでメールの一つも寄越せばいいのに。もしかして、失敗して涙に暮れているのだろうか。
「おれ、トイレに行くついでにちょっと見てくらぁ」
 そう言ってトモヒコは席を立ち、部屋を出た。
 なんか疲れたのでアキト捜索はトモヒコにまかせて、おれは座ってジンジャエールを飲んでた。すでに炭酸がほとんど抜けて、妙に甘い。
 しばらくすると部屋のドアが開いた。
 戻ってきたのはトモヒコだった。
「どこにもいないぜ。てかおれらのほかに客なんてほとんどいないみたいだぞ」
「え? だってさっきあっちの方に女の人歩いていくの見えたよ」
 そう言って左の方を指差すと、トモヒコは怪訝な表情を浮かべた。
「あっち? まじでか?」
 なんでそんな怪訝な表情を。
「もしかして、誰も客いなかった?」
 トモヒコはそれには答えず、アゴでドアの外を指した。
「見てみろよ」
 なんだ?
 疲労がたまりきっている身体を無理やり起こし、部屋の外にでる。
 表情の理由がわかる。
「本当にあっちに向かって歩いていったのか」
 背中にトモヒコの質問が刺さる。
 ただ首を縦に振って答えることしかできない。
 おれらの部屋は、階のはじっこで、左にあるのは窓だけだった。
 ピピピピ……
 なんの飾り気もない着信音が鳴る。テーブルの上に置いている携帯が、メールの着信を示す点滅を繰り返している。部屋に戻り、それを手にする。
 アキトからだった。
『おれ、彼女にずっとついていくことに決めた』
 なんだ。
 どっか別なトコに移動したのか。
 びっくりさせやがって。
 うまくやったみたいだな。
 ほっと一息つき、ソファにどっかりと座る。
 
 窓の外から救急車の音がやたら近くに耳に響いた。

Dec. 22, 2003


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