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ぼくが見たもの

 雲ひとつない青空から、おひさまが熱いくらいに照りつけている。
 今が冬だということを忘れてしまうような天気だ。
「八百屋の奥さん、おめでたですって」
「まぁ、ホント?」
「ええ。四人目ですわ」
「がんばってるわね。うふふ」
 さっきからお母さんは隣の家のおばちゃんと話していて、ぜんぜんぼくのことをかまってくれない。
 いくら待っても話は終わりそうもなく、つまらないので、ひとりで遊びに行くことにした。
「ちょっと遊び行ってくるね」
 お母さんの裾をひっぱると、こちらを見て「ええ」と言って微笑んでくれた。そのやさしい笑顔は、なんだかぼくをしあわせな気持ちにしてくれた。いつも見ることができるものだけども、いつもぼくをしあわせにしてくれるのだ。その笑顔に微笑み返し、ぼくは歩き出した。
 さて、遊びに行くといっても、山に囲まれたこののどかな村には、行くところといえば、その山しかない。一度あんまり奥まで行って、お母さんたちにとても怒られたことがあった。一日中、山をさまよい歩いていたぼくは、お母さんたちの姿を見ただけで泣いてしまった。夜の山には、なにかが潜んでいるような気がしてとても怖かった。鳥の羽音が聞こえるたび、身体をビクッと震わせ、木々がガサガサ鳴るたび、身がすくんだ。それ以来、あまり深くまでは行かないようにしている。前に比べたらずいぶんぼくも大きくなったが、山が危ないと言うことに変わりはない。
 今日は天気がいいので、空気がとてもおいしく感じた。きっと植物たちがサンソを出してくれているからだろう。そのおかげでぼくたちは息をすることができるのだ。植物はえらいと思う。ぼくらはもっと彼らに感謝しなきゃならない。
 一歩山の中に踏み入ると、辺りは一気に暗くなった。生い茂る木々に陽がさえぎられてしまったからだ。暗いといっても、歩く分にはぜんぜん問題ない。枝をパキパキ踏みながら、ずんずん奥に向かって歩いていく。途中小さな動物を見かけ「うぉー」と脅かしてみた。動物は一目散に逃げ出し、それを見てぼくは「あはは」と大きな声で笑った。
 しばらく歩くといつも来ている小さな泉についた。
 ここで昼寝をするのが最近のお気に入りだった。水がたてる音は耳にやさしく、穏やかな気分で眠ることができた。暗くなるまで眠ってしまって、慌てて走って帰ることもよくあった。今日はそんなことがないようにと、いつもの大きな岩に腰掛ける。たまに魚が跳ね、水面にいくつものわっかを作った。それを横になって眺めていると、やっぱりぼくは眠りに落ちてしまうのだった。

 肌を刺すような寒さに、目を覚ました。
「しまった!」
 辺りはもう真っ暗だった。また眠りすぎてしまった。陽は落ちてしまい、冬の厳しい寒さが身体を包む。早く帰らないと。ずっと暗いところにいたので、目が慣れていて、木々の輪郭が見える。火がなくともなんとかなりそうだ。こういうことは何度もあったので、帰り道もすっかり頭の中に入っている。ぼくは慌てて駆け出した。
 向こうに明るくなっているところがある。あれが村の灯だろう。
「あれ?」
 いつもよりかなり明るく感じる。こんなに煌々と照らしていたっけ。
 何かあったのかな。
 なんとなく嫌な感じがする。
 走るのをやめ、音を立てないようにゆっくりと歩く。できるだけ枝を踏むことがないように、足元をよく見ながら、慎重に進んでいく。
 思わず声をあげそうになった。
 村が、燃えている。
 人々の泣き叫ぶ声が耳に届く。
 なにがあったんだ。
 走り出しそうになる気持ちを何とか静め、その場に身を潜める。
 木々の間から、額から血を流している村長さんが見えた。
「勘弁してください。この村には財産なんてないんです」
 村長さんは叫ぶようにして言った。その前には見たこともないような髪形に、おかしな服を着た男が立っていた。
「そんなこと信じられるか! どこかに隠しているんだろう」
 そう言って男は、手に持った冷たく光る棒で、村長さんの右腕を切り落とした。血が次から次へと溢れてくる。見たこともないひどい光景にぼくは言葉を失った。なんてことをするんだ!
「本当なんです。本当にないんです。許してください」
 噴き出している血を左手で抑えながら、村長さんは泣きながら叫んでいる。
「わたしたちが何をしたって言うのです!」
 村長さんの息子さんが、その隣で男を睨みつけている。村長さんはゆっくりと倒れかかり、それを息子さんが支えた。
「何をしただと? そんなことは問題ではない」
 そう言って男はまた冷たく光る棒を振り上げた。
「お前たちの存在自体が許されないのだ」
 その言葉が終わる前に、男は棒を振り下ろし、二人を切りつけた。「ぎゃあ」という叫び声をあげ、息子さんは村長さんを抱いたまま倒れた。その光景を見ながらぼくは泣いていた。どうしてこんな目にあわなくてはないんだろう。あの男たちは何者なんだろう。どうしてぼくはここで見ているだけなんだろう。いろんな疑問が頭の中をぐるぐる回った。
「ちっ。本当に何もないようだな」
 男は吐き捨てるように、そう言うと、口笛を吹いた。
 すると空から、緑色の見たことのない鳥が降りてきた。今まで何かをついばんでいたらしく、口の辺りが真っ赤に染まっている。それに続くようにして、恐ろしい牙を持った四足の猛獣と、器用に手に武器をつかみ、立って歩く動物が男のもとに駆け寄ってきた。みんな身体が真っ赤に染まっている。その赤を見て、ぼくは血の気が引いた。なんという量の赤だろう。どれほどの身体を切りつければ、あれほどの量になるのだろう。動物たちはまだ興奮しているらしく、どれも息が荒い。男は腰につけていた丸い食べ物をそれぞれに与えた。すると一層動物たちは激しく興奮しだした。それぞれが不気味な泣き声をあげる。その声は村の人々を絶望に追いやるのに十分なものだった。
 棒を持ったまま男は村長さんたちの前にかがみこんだ。
「恨むなら、これを恨むんだな」
 そう言うと男は、村長さんの額についた角を、冷たく光る棒で切り落とした。
 ぼくにはただ、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
 あふれ出る涙をぬぐうこともなく、ぼくはただ男たちを睨みつける。
 もちろん、復讐を誓いながら。

Nov. 17, 2003


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