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極楽式落語 猫の皿

 昔から、骨董品の価値というのは、なかなか素人にはわかりづいらものであります。
 代々その家に伝わっていたものが実はまったく価値がなかった、とか、二束三文でもいいから早く売り払いたいと思っていたものが、大変値打ちのあるものだった、などということも珍しいことではございません。
 そこで、古美術商や骨董屋などに知恵を拝借するわけですが、彼らも人の子、いつも親切に教えてくれるとも限りません。
 こちらが無知なのをいいことに、安く買いたたいてくる悪知恵を働かす者もおります。
 さて、そのような悪賢い古美術商の男が、出先で目利きの仕事を終え、たまたま通りかかった茶屋で一休みしております。
「はあぁあ。わざわざこんな遠くまで出張ってきたって言うのに、ロクなもんがありゃしねえな」
「お疲れのようですね。ささ、お茶でございます」
「おう。すまんな。ずずずず。あ〜、仕事の後の茶というのはまた格別だねぇ」
「ご注文はいかがいたしましょう?」
「そうだな。みたらしの何本かも、もらおうか」
「かしこまりました。少々お待ちください」
 そう言って店主が店に引っ込みますと、男はのどかな景色を前に、大きく息を吐きます。
 眼前にはきれいな川が流れ、魚の姿も見えます。
「いやぁ、田舎っていうのは何と言っても景色がいいねえ。日頃荒んでいる心が洗われるようだ」
 などと、のんびりしていますと、足もとに何かの気配を感じます。
「ん? なんだ、ネコか。おれは四足の獣の類はどうも好きになれねえ。しっしっ。あっち行きな」
 と、手を振って追い払いますと、ネコはうらめしそうな顔でこちらを見上げ、ゆっくりと去っていきます。
「なんでぇ、人の顔じっとみやがって。さっさと行きやがれ。ほれほれ。……ん?」
 立ち去ったネコが水をなめている皿に見覚えがあります。
「おいおいおい。ありゃ柿右衛門じゃねえか。あのネコなんつう高い皿を使ってやがる。さてはあの親父、あの皿の値打ちを知らねえんだな。しめしめ、それならうまいことやって、いただいちまおう」
 悪だくみを思いつき、にやにやとしていますと、店主が戻ってまいります。
「お待たせいたしました」
「おうっ。悪いな。それじゃあ、ごちになりますよ。もぐもぐ。おっ、うまいねえ、こりゃ」
「そうでございますか。それはよかった」
「こんな旨い団子を食ったのは初めてだ。江戸の有名な店よりもよっぽど旨いよ」
「またまた、そんなお世辞を」
「いやいや、そんなことはねえ。もぐもぐ。あー、うまい。あ、ところでだな。そこのネコは親父さんのかい?」
「へえ。そうでございますが。何か悪さでも?」
「いや、何にも悪いことはねえんだ。おれは大の猫好きでねー。ほーら、おいでおいで」
 と、手招きをしますと、ネコは不思議そうな顔で男を見ます。それでも、熱心に男が手招きをすると、徐々にこちらによってきました。
「旦那、およしになった方がいいですよ。あいつは今毛が抜ける時期でして」
「なあに、そんなことかまいやしねえよ。ほら、こいこい」
 ネコが近くまで来ると、男はそれを抱き上げました。ネコは人慣れてしているのか、嫌がる素振りも見せません。
「おー、よしよし。お、なんだ。こいつはずいぶん人懐こいね」
「おや。いつもはそんなこともないのですが、ずいぶんとおとなしいですね。ほら、旦那。もうおよしになった方が。お着物が汚れます」
「いや、いいんだいいんだ。着物なんて洗えばいいんだ。おっ、なんだ。懐の中に入りたいのか。ほら、入れ入れ。おうおう、かわいいな」
「こんなに人慣れするのは珍しいですな」
「そうかい? じゃあずいぶんとおれのことを気に入ってるようだね」
「へえ。そのようで」
「親父さんは他にもネコを飼ってるのかい?」
「へえ。女房に先立たれて寂しいもので、他にも5〜6匹飼っています」
「そうかいそうかい。ネコはかわいいもんなぁ。ウチでも飼っていたんだが、この前死んじまってな。かかあが新しいネコを探してきてくれって言うんだ。それでだなあ、このネコ譲ってくれないかね?」
「え? こいつをですか。……いやでも」
「いや、タダってわけじゃねえんだ。ネコはタダでもらうもんじゃねえ。そうだな。小判3枚でどうだ?」
「えぇ? そんなにですか?」
「いやなに、こんなかわいいネコなら、それくらいの価値はあるさな」
「それならばわたくしは構いませんが」
「そうかい。おー、よかったな。これからうちへ連れてってやるからな。よしよし」
「かわいがってやってくださいね」
「あったりめえだ。えーと、こいつはいつもあの皿で飯を食ってるのかい?」
「へえ」
「なら、それも一緒にいただこうか。いつも使ってる皿の方がこいつも落ち着くだろう」
「そうですか。なら奥におわんがありますので、それを」
「いやいや、そんな面倒かけちゃ悪い。あの皿でいいよ」
「えーと、それは困りましたなぁ」
「どうした?」
「へえ。旦那はあの皿をご存じないかもしれませんが、あれは柿右衛門といって、大層値打ちがある皿なんですよ」
「そ、そうなのか?」
「へえ。あの皿は黙っていても300両くらいで売れるものでして。へへへ。なので、その皿は勘弁してください」
「う、うむ。そうだな。あっ、こいつ小便もらしやがった。ちっ、毛もいっぱいつくしよう。ああ、いやだいやだ。おれは、何が嫌だって、この世にネコほど嫌ものはないよ。あっち行けほら、しっし」
 と言って、先ほどまで懐に入れていたネコを追い払います。
「なあ親父、お前なんだってそんな高価な皿をネコに使わせてるんでえ?」
「へえ、あの皿をネコに使わせていますと、ネコが3両で売れます」

Oct. 9 , 2008


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