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気球は飛んで、どこまでも

 いったい何の授業だったのか。
 理科の実験、もしくはホームルームといった時間だとは思うが記憶が定かではない。
 小学生だったわたしたちは、体育館に集められた。1クラスだけだったから、学校の行事ではなかったはずだ。
 そこには大量の黒いゴミ袋があった。何枚くらいあるのかはわからない。とにかく大量という言葉がふさわしい量だ。
 何がはじまるのかとみんながざわつく。
「今日はこれで気球を作りたいと思います」
 教師の言葉に、どよめきが起こる。
 ゴミ袋で気球?
「では、1枚1枚くっつけていきましょう」
 ガムテープか、セロハンテープだったか覚えてないが、とにかくわたしたちは黙々とゴミ袋を一体化させていった。
 やがて袋によって構成された巨大な袋が完成する。この大きさはちょっと壮観だ。何やら得体の知れない化け物のようである。
「それではこの中に熱風を入れ、浮かべてみましょう」
 周りの空気よりも、袋の中の空気が温かければ、自然と浮くというわけか。でも、こんなでかいもの本当に浮くのだろうか。
 教師はドライヤーを取り出すと、巨大な黒い袋の中に、熱風を注ぎ込む。どんどん袋が膨らんでいき、目覚めし怪獣といった様相になってきた。
 その様子に「おー」「すげー」「ははは」などと歓声や嬌声が起こる。
 みるみるうちに膨張した黒い塊は少しずつ地面から離れ始めた。そしてその距離がどんどん広がっていく。やがて完全に浮遊し、糸につなげられた物体は体育館の天井近くまで行ってしまった。
「それでは外で飛ばしてみましょう」
 大きく黒い化け物を引きつれ、わたしたちは外に出る。青空が広がっていて、絶好の飛行日和だ。
 外に出た彼は、風に乗ってどんどん高く舞い上がった。
 ただ思いのほか彼の力が強いので、1本の糸では頼りない。「ちょっと糸もってきて」慌てた教師が1人の生徒に頼む。補強した方がいいと判断したのだろう。
 ぐんぐん昇っていく気球を、教師は心配そうに、生徒たちは楽しそうに眺める。
「持ってきました」
 糸を取りに行った生徒が帰ってくると、「ブチッ」という音がし、続けて「わーーー」というどよめきが起こった。
 見る見るうちに気球は天高くまで昇っていく。知らない人が見たら未確認飛行物体だと思うに違いない。何とも不思議で、ちょっと爽快な眺めである。
「ちょっとみんな、サッカーしてて」
 教師はそう言い残すと、ひとり旅立ってしまった彼を車で追いかけた。
 結局、旅立った彼が帰ることはなかった。

Sep. 28, 2006


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