短編小説・ショートショート【極楽堂】

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フタリのオワリ

「もう終わりにしようと思うの」
 薄暗い部屋の一室。
 室内には静けさが漂っていたが、部屋の外は幾人もの人が行きかい、活気づいている。
「どうして? おれたちうまくやってきたじゃないか?」
 解せないといった感じに男は疑問符を投げつける。
「わたしたち、もう潮時よ」
「何か言われたのか?」
「え?」
「周りのやつに」
 女は少し逡巡した。
「ううん。自分でそう思っただけ」
「本当に?」
「本当よ」
 男は大きくため息をついた。
「どうするんだよ、これから」
「新しい仕事を探すわ」
「当ては、あるのか?」
 寂しそうに女は微笑み、力なく首を振る。
「ふたりでやってこう」
 熱いまなざしを女に向け、男は言葉に力をこめた。
「お似合いだって言われてたじゃないか」
「それはもう昔のことよ。わたしはもう、……若くないもの」
 その視線を避けるように力なくうつむき、女はつぶやいた。
 ふたりの間に沈黙が流れる。
 男の脳裏にいろいろな言葉が浮かんだが、女の意志が変わりそうにもないと思い、それらの言葉を打ち消した。
「わかったよ」
 うなだれたままの女に男が手を差し出す。
「じゃ、今日で終わりってことか」
 差し出された手を握り、女は立ち上がる。
「今までありがとう」
 そう言った女の顔にはうっすらと涙が浮かんでいた。
 そしてふたりは、握っていた手を離し、明るい光の下へ歩いていった。

「ママ〜、テレビはじまっちゃうよぉ」
 今まで遊んでいたおもちゃを放り投げて、小さな男の子がテレビの前に行儀よく座っている。
「はいはい、待っててね」
 エプロンで手を拭きながら、彼の母親が隣に座る。
 テレビの中では嬌声をあげた子どもたちがふたりの大人を取り囲んで、ダンスをしている。
「あらあら。この人、お姉さんって年齢じゃないわね」
 画面の中で子どもをあやしている女性を見ながら、母親は呆れたように声をもらした。
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