短編小説・ショートショート【極楽堂】

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愛情表現の仕方

 恐らくはストーカー。
 どうも最近誰かに監視されている気がする。
 昨日もケータイにメールがきた。
『コンビニのお弁当だけでは栄養が偏ります。もっと野菜をとりましょう』
 最初はただのいたずらかと思ったが、メールは頻繁に届いた。しかも他人には知りえない情報が多く、少し怖い気もする。
『室内ばかりにこもっていないで、もっと表にでましょう』
『昨夜はずいぶん長電話でしたね』
『ゴミの分別はきちんとしましょう』
『昨日一緒に歩いていた女性は誰ですか? あまり感じのいい方ではないですね』
 などと、おれの行動を監視していると思わせるメールが日に何通も届いた。気にしないようにしてすぐに削除していた。けれども、こうもたくさん寄越されると気にしないわけにもいかない。
 郊外の一軒家に両親と住んでいるのだが、「ストーカーが怖い」などと男のおれが親に話すのも気が引けた。警察に相談しようかとも思ったが、ただメールが来るだけで、実際に何か被害を受けたわけではないので、真面目に取り組んではくれないだろう。
 そう、ただメールが来るだけなのだ。
 何か変な物が送りつけられたきたり、実際に相手の姿を確認したわけでもない。
 受信拒否をすると、アドレスを変えて送ってきやがるので、何度も繰り返しているうちにさすがにあきらめ、今ではちょっとお節介なメールサービスだと思って甘んじている。
 その日、仕事が早く終わって、珍しく家で両親と食事をとっていた。ほとんど会話もなく、テレビの音だけが虚しく響いている。
「最近、一人暮らしの女性をねらったストーカー犯罪が増えてきています」
 一人暮らしでも女性でもないのだが、ストーカーという言葉に思わず反応してしまう。
「相手の後をつけまわしたり、頻繁にメールや電話を繰り返したり、執拗に相手に嫌がらせをすることがあります。しかし、本人に嫌がらせをしているという感覚はなく、好意の表現としてそのような行為を繰り返していると言われています」
「怖いわねえ、ストーカー」
 母が茶碗をもったままテレビにコメントをする。父は無言で頷いた。
「でも好意の表れなら、ちょっとしょうがない気もするわね」
「相手を嫌な思いをさせるのが好意の表れとは思えないけど」
「ねじれた愛情表現なのよ」
 いつになく母とおれの会話が続く。
「相手のことを強く思うばかりにそういう行動に走ってしまうのね」
「そういうもんかな」
「そういうもんなのよ。その点、あなたは安心よね」
「男だし」
「そうね。それにあなたは一人暮らしではないし」
「まあね」
「お母さんがいつもあなたのことを見守っているしね」
 母はそう言ってにっこりとおれを見て微笑んだ。
 その笑顔を見ておれの背中にオカンが走った。
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