短編小説・ショートショート【極楽堂】

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秩序破りし者

 ある種、異様な光景であった。
 ここに来るのは初めてだったが、ある程度どんなところなのか予測はしていた。
 けれども、現実はそれとは全く異なった。
 無表情のまま、区切られたコースをただ往復するだけの群れ。
 指示を出しているものがいる者はなく、彼らは自発的に行ったり来たりを繰り返している。そこには辛さのようなものはあまり見られず。ただ淡々と作業をこなしているだけにしか見えない。
 彼らにとってこれはルーティンワークに過ぎないのだろう。
 こんな集団の中に、わたしも混じっていかなければならないのか。
 わずかながら嫌気のようなものが生じる。
 だが、ここまで来てしまって、帰るわけにもいくまい。
 立ち尽くしているわたしの脇を、また新しい人が通っていく。
 やはりその顔にも表情はない。
 群れの中には話をしている人がいないわけでもない。
 しかし、ほとんどの人は言葉を発することもなく、ただ歩いているだけだ。
 意を決し、わたしも列の中に混ざる。
 生暖かい水に身体を浸す。
 そしてわたしも歩き出した。

 二〇分後、なんの違和感もなくわたしも群れの中に溶け込んでいた。
 歩くだけの秩序と調和。
 これも悪くないなと思っていると、その調和は破られた。
 若い体格のいい若い男が派手な音を立て、コースのはじに飛び込む。
 黒く透明なもので目を覆っているためその表情は読み取れない。
 けれども彼もまた表情がないように見えた。
 そして彼は、我々のように歩くのではなく、勢いよく泳ぎだした。
 大きく動かされる長い手足。
 周りをはばかることなく、水しぶきをあげ、ぐんぐんと進んでいく。
 羨ましき若さの律動。
「いいですなぁ、若い人は。わたしなんて健康のために歩いて往復するのがやっとなのに」
 プールサイドでひとりの老人がつぶやき、わたしもそれに同意した。
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