短編小説・ショートショート【極楽堂】

home > novel > 051-060 > 口の禍の元

口の禍の元

 ん?
 あれ?
 おかしいな。
 なんだなんだ。
 んーーーーーっ。
 あらら、口が開かないぞ。
 ん? もしかして、これって……。
 あちゃー、リップと間違って、接着剤ぬっちゃった。
 こんな馬鹿なことをしでかすとは。
 ちょっと面白いな。
 いや、そんな場合じゃないわ、なんとかしないと。
 よいしょっ。
 って言っても、実際は声はでないんだけど。
 ありゃりゃ。全然開く気配がないぞ。こりゃやばいな。
 あら、もうこんなに硬くなってるのか。手でこすっても痛いだけだな。
 水で濡らしてみたらどうだろ。
 ひゃ。今日は冷えるな。手をつけるだけで凍りそうだ。
 むむむ。全然変わる気配がない。
 なになに。
 このクッツクンZは完全防水です、だと?
 ちっ、余計なことしやがって。
 んーーっ。
 いてて、こりゃ思いっきりやったら唇が裂けそうだな。
 そういや鼎に頭を突っ込んでぬけなくなって、耳がとれた先人もいたな。
 ちょっと違うか、それは。
 さて、どうしたもんかな。ちょっと焦ってきたぞ。病院かな、こりゃ。でもこんなんで病院行ったら、お医者さんも笑いを堪えるの大変だろうな。それに看護婦さんたちの絶好の話題にもなりそうだ。
 んー、ちょっと考えものだな。
 やっぱり自分でなんとかしよう。
 一五年のわが人生で最大の危機だな。
 これほどまでの危機は、うんこもらしそうになった小二の夏以来だ。
 あんときは身体中が熱くなって嫌な汗がでたっけな。
 まぁ、結局はもらしたんだけど。
 さて、どういう手段で今回は乗り切ろうか。
 カッターとかで切り開くのは?
 ひぇ〜〜。考えただけでも無理。怖すぎ。かさぶたはがすのだって怖いのに。
 あ〜、もうなんでこんなことになったんだろ。
 日ごろはいいことばっかりしてるのに。
 空き缶だってゴミ箱に捨ててるし、電車の中ではケータイもマナーモードにしてるし、髪だって真っ黒だし、電車でおばあさんが立っていたら代わってあげたいと思ってるし。これって、世の中の大半の人よりマシなはずだ。うん。間違いない。
 なのに何でこんな仕打ちを受けなきゃないんだ。
 あ〜、世の中は不公平だ。
 神にイキドオリを感じる。あら、イキドオリってどんな字だっけ。
 そんなこと考えてる場合じゃないんだ。
 早くなんとかしないと。
 このままじゃディープなキスもできないぜ。
 まだキス自体したことないけどさ。
 やっぱりレモンの味なのかしらぁ。
 にしても、三組のヨシダはなんであんなもてるんだろ。あんなのただのひょろ長いだけじゃん。キリンみたいな顔しやがって。くそっ、本当にミヤウチさんとやっちゃったのかな。あー、去年からずっと思ってたのに。このオモイは報われないのね。しどい。
 だめだだめだ。
 余計なことばかり考えちゃう。
 まずはこの事態を何とか変えないと。
 よしとりあえず、心を落ち着かせよう。
 深呼吸。
 すう〜〜。はぁ〜〜。
 あれ落ち着いてきたらなんだか眠くなってきたぞ。
 昨日四時までオンラインで遊んでたし。
 今月も電話代やばいだろうなぁ。
 あ〜、もういいや。
 起きたらまた考えよ。
 メンドイ。
 オヤスミ。

 ん。
 あれ。
 今何時だ。
 口は……やっぱり動かないか。
 あら。
 なんかでもさっきと感覚が違うな。
 って、ここどこだ?
「おや、ようやくお目覚めか」
 あなた、誰?
「口はふさがせてもらったぜ。騒がれるとうるさいからな」
 ふさいだ?
 あ、ガムテープじゃん、これ。
 なんだぁ。接着剤じゃなくてよかった。
 ほっ。
「お前があそこの製薬会社の息子だってことは分かってる。さぁ家の電話番号を教えてくれ」
 って、ほっとしてる場合じゃないっつの!
home | novel | bbs | link

<< 051-060

© gokurakuten since 2001