短編小説・ショートショート【極楽堂】
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天国への扉
険しい顔をしたじいちゃんが、部屋の奥から出てきた。頭には麦藁帽子、そこからサイドを守るべくして覆っている手ぬぐい。上は半そでのランニングで、下は風通しのよさそうなスラックス。日差しに対する完全装備のようだ。
「じいちゃん、どこ行くの?」
ぼくの声に気づき、じいちゃんはやさしい笑顔を向けた。どことなくその表情は、はかなげである。
「ちょっとな」
短くそう言うとじいちゃんは、また険しい顔に戻った。水筒をもったばあちゃんが台所から出てくる。その顔にはいっぱいに不安が広がっている。
「本当に、行くんですか?」
水筒を手渡しながら、ばあちゃんが尋ねる。じいちゃんは黙ったまま小さく頷いた。
「魚屋の田中さんもやられとるんだ。わしだけ何もせずにおるわけにはいくまい」
「でも」
「男にはな、やらなければならないときがあるんだ」
そういうとじいちゃんは、ばあちゃんの肩にポンと手を置いた。
「それがわしにとっての今なのだ。わかってくれ」
「何も命を危険にさらしてまで」
「みなまで言うな」
ばあちゃんの言葉をさえぎり、じいちゃんは笑みを浮かべた。
「大丈夫じゃ。生きて戻ってくるさ」
力強く頷くと、じいちゃんは玄関から、照りつける日差しの中に消えていった。
「ばあちゃん。じいちゃんどこいったの?」
「おじいさんはね。戦場に行ったのよ。毎年幾人もの人が倒れている危険なところへ……」
センジョウ……。
言葉の意味はよくわからなかったが、とても危ない場所なのだろう。
何人もが倒れるという危険な場所。
じいちゃんはそこへ行ったのか。
格好いいと思う反面、無事に帰ってこれるんだろうかという不安もあった。
ゲートボールとは、そんなにも危険なスポーツなのか。
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