短編小説・ショートショート【極楽堂】

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気になる白

 夜の道路というのは風景に代わり映えがなく、どうしても眠たくなってしまう。
 途切れてしまいそうになる意識を確かにしながら思う。
 眠気を覚まそうといろいろやってみたのだが、結局はまた船を漕いでいるという有り様だ。どこかで一度仮眠をとればいいのだが、三〇分もしないで着くと思うと、わざわざ仮眠をとるのも、ばからしく思えた。途切れ途切れに急激な睡魔が襲ってきて、ふと意識をなくす。危ない危ないとハンドルを握りなおし、再び眠気と格闘する。
 そんな状況の中、ふと目についたものがあった。
 どうも隣の助手席に、白い影があったような気がしたのだ。
 横を見て確認したいのだが、もしあってはならないのを見てしまってはと思うと、なかなか行動に移れない。おあつらえ向きに、車のデジタルは三時三十三分を示しているではないか。丑三つ時にぞろ目というなんとも整った舞台に、横を見ることはますます躊躇われた。
 きっと錯覚だったのだと思い込もうとするのだが、やはり何か白いものがあるような気がしてならない。前に注意を払うのだが、どうしてもその注意をもっていかれてしまう。やはり何かあるのか。そんなに大きなものではない。恐らく布とかそういうものだと思うのだが、そんなものを助手席に置いた記憶はない。もし人くらいの大きさのものならば、横を見なくともなんとなく感じで分かるだろう。
 時間も時間なのでほとんどの信号は点滅していたのだが、大きな道路に入ったとき、ようやく赤信号に当たった。
 意を決して、隣の席を確認してみる。
 ゆっくりと首を回し見てみると、そこには薄くて四角い白いものがあった。
 まだ真新しいようで、雪のように真っ白である。
 しかしこんなものを置いた記憶はなかった。
 ハンカチを持ち歩くという習慣はなかったし、窓はずっと閉めていたのだ。一体どこから侵入したのだろうと考えてみると、ある思い当たる節があった。
 そういえば何分か前に、人を乗せたような気がした。
 ちょうど眠かったので、話し相手にちょうどいいだろうと思って、ヒッチハイクをしている男性を乗せたのだった。だが、その期待は全くと言っていいほど裏切られた。こちらが何を話し掛けても、いいリアクションは返ってこず、結局二人での沈黙という気まずい空間が出来上がった。そしてまた眠気に襲われたのだった。きっと彼が忘れていったのだろう。
 あれ?
 そう言えば、あの人降ろしたっけ?
 いや、そんな記憶はない。
 背筋が寒くなった。
 近くの路肩に車を止め、座席をよく調べてみる。シートが濡れているというありがちな様子はなかった。彼はどこにいったのだろう。車はずっと走っていたはずだ。まさか走っている車から飛び降りると言う荒業を決行したのだろうか。恐る恐る白いものよく見てみると、何のことはない。それはただのティッシュだった。きっと使ったときに一枚落ちたのだろう。怖がっていた自分があほらしく思え、鼻でフンと笑った。
「……うーん」
 心臓が止まるかと思った。
 くぐもった男の声が聞こえたからだ。一瞬その場に凍りつき、何も考えられなくなった。凍りついた思考がゆっくりと融けていき、ようやく結論が出た。
「ああ、そうだった」
 後部座席で、さっき乗せた男がゆっくりと寝返りをうっていた。
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