短編小説・ショートショート【極楽堂】

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死後の過ごし方

 小さいときから、ばあちゃんに言われ続けてきた言葉。
「悪いことすると天国に行けなくなるぞ」
 その言葉を信じて、ぼくは悪いことをするのが極端に怖くなった。
 友だちがみんなでパンなんかを万引きしてるときも、それに参加することはできず、店の前で待ってたり、用事があるとか言って一人抜け出したりしていた。友だちからは変な目で見られたが、何度も何度も繰り返し、地獄の話などをされたため、その恐ろしさが刷り込まれてしまい、悪いことをするのに、かなりの抑制力がかかるのだ。これはまさにばあちゃんからしてみれば、思うつぼだったろう。
 そのおかげで、ぼくは悪さという悪さもしないまま、今までやってきた。きっと神様というものがいるならば、今までの善行に対して、健やかなる生涯を保障してくれるだろう。
 だがしかし、今日ぼくは、酔っ払い運転の車に引かれてあっけなく死んでしまった。
 薄れゆく記憶の中で、この世には神も仏もないんだなぁと思った。もしいるならばこんな仕打ちをするわけがない。こんな行いをするようなやつを、ぼくは決して崇めたりはしないだろう。
「よろしいですか」
 目の前にいる黒ずくめのおじさんがぼくに尋ねてくる。
 さっき名刺をもらったが、彼は死神屋さんらしい。
 これからぼくを霊界に案内してくれるそうだ。
 彼に向かって軽く頷くと、ぼくの身体はふわぁと宙に浮いていった。
 町並みはどんどんどんどん小さくなっていき、やがて見えなくなり、今度は頭上からまぶしい光が降ってきた。
「ここが霊界になります」
 彼はホテルマンがするように、霊界の方に向かって、手を差し出した。
 なるほど、確かにきれいな場所だ。
 辺り一面白で、どこからか神々しい光が溢れている。だが、人、いや霊魂とでもいうのだろうか、とにかく辺りはだだっ広いばかりで、向こうの方に大きな宮殿のような建物があるだけだった。
「では、私、次の仕事がありますので、あの建物までは徒歩でお願いします」
 そういって死神屋さんは軽く会釈すると、また下界に降りていってしまった。
 やはりこっちの世界も忙しいのだなぁと感心しつつ、彼の背中を見送った。
 こうして取り残されたぼくは他にすることもないので、向こうの建物まで歩いていくことにした。
 地面は雲のように見えるので、かなりやわらかいのかなと思ったが、そんなこともなく、歩くのに何の抵抗もなかった。
 本当に辺り一面真っ白で、目標としているあの建物以外は、ほとんど建物や人影らしきものもなかった。
 やがて、その前まで辿り着く。
 大きさはかなり大きい。ちょっとした小学校くらいの大きさだろうか。しかし窓のようなものもあまり見られず、四角のばかでかいブロックを、ただ積み上げたような感じだ。
 入り口らしき、穴から中に入っていく。
 外よりは少し薄暗い感じもするが、それでも白熱灯くらいの明るさは十分ある。どこから光が発せられているのだろうか。だが相変わらず人影は見えない。しかたなくそのまま廊下を突き進んでいく。
 やがて、小さな机と一人の男性らしき姿が見える。
 ここに来てはじめての人影に何だか安心する。
 だがそれは、束の間の安心だった。
 彼には指二本分くらいの太さの角が、額から二本突き出ていた。
 これが噂に聞く、鬼というものか。
 少し怖いような気もしたが、どうせもう死んでいるので構わず近づく。
 彼はぼくの気配に気づいたようで、こちらの方に顔をあげた。
 その顔は、イメージの鬼とはかけ離れており、普通のサラリーマンのおじさんのようである。服装もスーツにネクタイである。ただ二本の角だけが、その場に相応しくなかった。
「めずらしいですね。人がくるなんて」
 よく澄んだ声だった。
 そう言うと彼はぼくに向かって、軽く頭を下げた。
「えっと……ここはどこなんでしょうか?」
 遠慮がちに尋ねてみる。
 すると彼は微笑を浮かべ答えてくれる。
「天国の入り口になります。あ、申し遅れました。私閻魔をしております、サカグチといいます」
 そういうと彼は胸ポケットから名刺を取り出して、ぼくにくれた。
 そこには「閻魔大王 坂口 孝信」とだけ書いてあった。かなりシンプルだ。
 あいにくぼくは名刺を持っていなかったので、「ハマザキヨウスケと言います」と口頭で自己紹介をした。それを聞くとサカグチ閻魔は、机の隅にあったデスクトップのパソコンをちょこちょこいじって、「はぁはぁ、なるほどねぇ」と、何かに納得したかのように独り言をもらした。
「ハマザキさん。確かにあなたは天国に行く資格をお持ちのようです。ここからまっすぐ向こう側に抜けると天国になります。どうしますか? 行きますか?」
「えっと、他に選択肢はあるんですか?」
「あ、はい。そこを左手に曲がると、地獄行きの舟がでてます。どちらに行ってもらっても結構ですよ」
 そういうとサカグチ閻魔はにこっと笑った。
「こういうのって普通はどっちに行くんですかね」
「ええとですね。だいたいの人はここに来る前に地獄行きが決定してるんですよ。ここまで来る人はほんとわずかなもので」
「そうなんですか……」
 やはり地獄に行くくらいなら天国の方がいいに決まってるよなぁ。
 ばあちゃんからもさんざん言われたし。
「じゃ、天国でお願いします」
「分かりました」
 ぼくの答えを聞くとまた閻魔さんは、パソコンをカチャカチャといじりだした。そして、二分位すると、またぼくの方に向き直った。笑顔はずっと浮かべたままである。
「今、処理が終わりましたので、どうぞこのままお進みください。それではよい死後を」
 そういうとサカグチ閻魔は頭を下げた。
 ぼくもそれに倣って頭を下げ、そして真っ直ぐに廊下を進み出した。
 こんな簡単に決められるものなのか。
 どこの国でもマニュアル化が進んでいるのだなぁ。
 五分位歩き続けると、ようやく出口らしきものが見えてきた。
 まぶしいくらいの光が差し込んでいる。
 そして、その中に取り込まれていく。
 目の前には、たくさんの赤ん坊と、まだ言葉も知らないような子どもが大きな白い部屋を埋め尽くしていた。
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