短編小説・ショートショート【極楽堂】

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かくれんぼ

 さすがに一週間も田舎にいると、することもなくなってくる。
 虫捕りも飽きたし、山の中もほとんど探検し尽くしてしまった。
 強い日差しの下、縁側でスイカをかじっては、種を飛ばしていると、自然と弟のことを思い出した。弟のミツヒロは、ぼくが小さいときにいなくなった。大人はカミカクシだとかシッソウだとかユウカイだとか、難しいことを言っていたが、それが何を意味する言葉なのか、当時のぼくには分からなかった。毎日のように泣いているお母さんを周りのみんなが声をかけていた。そのとき一番傍にいなければならないはずのお父さんはぼくにはいなかった。お父さんという存在は、ぼくの記憶の中にはない。一度お母さんにどうしてお父さんがいないのか聞いてみると、交通事故でなくなったのよ、とだけ答えてくれた。それが本当かどうか確かめる術もなかったし、別にどうでもいいと思っていた。最初からいないものだと考えていれば、そんなに悲しいことでもなかった。
それから、親戚のおじさんやおばさん、そしておじいちゃんや、おばあちゃんも、みんなぼくの家に来て「元気だしなよ」とぼくを励ます言葉をかけていった。けれども、ぼくはどうしていいか分からず、ただ頷いて、あとはボーッとしていた。あまり悲しいという実感がわかなかった。かくれんぼをして、そのまま見つからなかったような寂しさだけは確かにあったのだが、胸を突き刺すような悲しさは、訪れては来なかった。
 自分は冷たい人間なのかもしれない。
 あれから三年経ち、中学生になった今、改めてそう思うことがある。
 正直な話、ぼくはミツヒロがあまり好きではなかった。
 わがままだったし、何かあるごとにぼくの真似をしたがった。そして思い通りにいかないことがあると、すぐ泣き喚き、お母さんのもとに走っていくのだ。お母さんは「お兄ちゃんなんだから、ちゃんと面倒みないと」と、ぼくを叱ることがあった。何も悪いことはしてないのに、どうして叱られるんだろうと、やりきれない気持ちになり、そのうちミツヒロを避けるようになった。それでもあいつはいつも後ろをついてきて、ぼくをいらいらさせた。
 お前なんかいなくなればいいのに。
 そう思ったことも何度かあった。その度に、自分はなんて嫌な人間なんだろうと思い、悲しくなった。
 ミツヒロがいなくなった日も、今日のように蒸し暑い日だった。
 夏休みの間、ぼくたち二人は田舎のおじいちゃんの家に泊まりにきていた。普段デパートでしか見ることができないカブトムシを実際に見ることができるとあって、弟は少し興奮気味だった。電車の中で、図鑑を開き、イチイチぼくに見せにくる彼を、ぼくはいつものように鬱陶しく思っていた。
 ホームに着くと、ぼくらを見つけたおじいちゃんが額の汗を拭いながら、笑顔で手を振っていた。
一歩電車から外に出ると都会とは違う熱気がとても新鮮に感じられた。ミツヒロはすぐさま走り出し、おじいちゃんに抱きかかえられていた。「大きくなったなぁ」と頭を撫でられると、キャッキャ、キャッキャとはしゃいでいた。そんな二人の姿をぼくは一歩引いたところから見ていた。いわゆる子どもらしさというのとは無縁の、ませた小学生だったのかもしれない。でもそんなことを気にする様子もなく、おじいちゃんは手招きし、ぼくを呼びよせ、同じように頭を撫でてくれた。恥ずかしいという気持ちもあったが、うれしいという気持ちの方が大きかった。
それからぼくたち二人は、毎日のように虫を採りに行ったり、魚を釣りに行ったりして、夏休みを楽しんでいた。
そしてあの日、ぼくたちはかくれんぼをしていた。
おじいちゃんの家はウチのマンションと違い、かなり広さがあり、隠れるところも豊富にあった。でも、ぼくが本気で隠れると、ミツヒロは見つけることができず泣き出してしまうので、ある程度分かりやすいところに隠れなければならなかった。当然そんなぼくの気遣いに弟は気づくはずもなく、すぐに見つかるぼくに「お兄ちゃん、隠れるの下手だね」などと言っていた。いちいち説明するのも面倒なので、ぼくはただ笑っていた。渇いた笑い。この頃にはもう随分うまくできるようになっていた。
そしてぼくが鬼の番になり、弟を探し始めた。
どうせまたすぐに見つかるだろうと思い、最初はわざと探しにいかなかった。すぐ見つかっては弟も面白くないだろうと思ったからだ。捕まえた虫を観察し、育てている朝顔に水をやってから、ようやくぼくは弟を探し始めた。だが、弟の姿はどこにもなく、とうとうそのまま見つかることはなかった。
日が暮れておじいちゃんたちが畑から帰ってくると、ぼくは泣きながらミツヒロが見つからないと訴えた。それから、近所の人に手伝ってもらい、村中を探し回ったのだが、結局、ミツヒロは見つからなかった。
一体どこに隠れたんだろう。
照りつけていた太陽も姿を隠し始め、そろそろおじいちゃんたちが帰ってくる頃だろうと思い、ぼくは縁側を後にしようとした。
と、そのとき何か引っかかるものがあった。
それが何かは分からなかったが、何かがぼくを呼んでいるような気がした。
ミツヒロ?
ぼくはそのまま庭に下りていき、少し奥の方にある物置に向かっていた。なぜそこが気になったのかはわからない。けれども何かに引き寄せられるようにして、ぼくはそこまで歩いていった。
あの日、ここの物置はおじいちゃんがしっかりと調べていたはずだ。
それは分かってはいるのだが、ぼくは扉の前に立ち尽くしていた。
まさか。
そんなことがあるはずがない。
頭に浮かんでくることを、次から次へと否定していく。
しかしそれは留まることはない。
古くなった木の扉をゆっくりと開く。
木の湿った匂いが鼻の中に入ってくる。中には農作業で使うような鍬や、肥料などがたくさん置いてあった。日も暮れ始めていたので中は薄暗く、はっきりと見ることはできない。何か明かりになるようなものがないか、その辺を手探りで探してみる。少しほこりをかぶった懐中電灯がある。点くかどうか怪しかったが、予想していたよりも大きな光が、その中から発せられた。暗がりの中をよく照らしてみる。高く積み上げられた肥料の袋の下に、すっかり古くなった木の箱があった。大きさはダンボールくらいの大きさで、小さな子どもくらいなら、入るのかもしれない。
何を考えてるんだ、と自分を鼻で笑いたい気持ちだったが、背中には嫌な汗が幾筋も伝わっていく。
確認してみればいい。どうせいるはずがない。
そう言い聞かせ、上に積まれた肥料の袋を一つずつ下ろしていく。ぎっしりと中身が詰まっていて、一つ降ろすにも一苦労だった。全ての袋を下ろす頃には、すっかり汗だくになっていた。通気が悪く、暑苦しい部屋のせいもあるかもしれない。少し荒くなっていた呼吸を、ゆっくりと元に戻していく。何度か深呼吸をすると呼吸は元に戻ったが、心臓は依然激しく暴れ回っている。
上にかかったほこりを吹き飛ばし、すっかり黒ずんだ蓋に手をかける。
もう腐っているのではと思ったのだが、意外としっかりしており、蓋は硬さを保っていた。息を止め、その中を覗き込む。
そこには……、そこには古くなった工具、電動式のねじ回しや、メジャーなどが入っているだけだった。
「なんだ」
 大きくため息をつき、ぼくはその場に座り込んだ。
 そうだ、そんなことがあるわけがない。
 馬鹿らしくなり、思わず声にだして笑ってしまう。
 大声で笑ってはいたものの、その目には涙が浮かんでいた。
「何してるの?」
 その声を聞きつけたのか、おじいちゃんが扉の外に立っていた。いつものように微笑を浮かべながら、こっちの方を見ている。
「こんなにちらかして」
 とがめるセリフだが、その言葉には険がない。
「宝捜しだよ」
 ぼくは適当に答えて笑った。おじいさんも一緒に笑う。
「そうか、そうか。何か見つかったかね」
 おじいちゃんは自分から一番離れている肥料の袋を持ち上げながら尋ねた。
「ううん、何も。ちらかしちゃってごめん」
 そう答え、一緒に肥料をもとの場所に戻し始めた。緊張がぬけた分、さっきよりも重く感じる。
「構わんさ。そら、ばあさんが飯つくって待ってるから、早く片付けちまおう」
 そう言うとおじいちゃんは、もくもくと肥料の袋を積み重ねていった。ぼくも同じように積み重ねていく。安心したせいか、一気に疲労が襲ってくる。シャツは汗でべとべとになった。
 ようやく残りの一袋を一緒に持ち上げ、一番上に載せる。
「よしっと。早いとこ戻るとするか」
 大きく息をつき、おじいちゃんは物置から出て行った。
「宝捜しかぁ。わしもよくやったもんだ」
 外に出て、大きく伸びをしながらおじいちゃんが言った。
「ほんと? 何か見つかった?」
 そう尋ねるとおじいちゃんは笑顔で首を横に振った。
「いや、宝なんか見つからなかったなぁ」
「そうなんだ……。つまんないね」
「はっはっは。まあなぁ。でもわしにとって一番の宝はお前だよ」
「そっか。はは」
「お前は、聞き分けがいいしな」
 そう言うとおじいちゃんは、しっかりと物置に鍵を閉めた。
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