短編小説・ショートショート【極楽堂】
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あるべき場所
「あー、また落ちてる」道端に落ちている空き缶を指差しながら、タイチが言った。
よく見かける光景だが、気分のいいものではない。
「なんでゴミ箱に捨てないの?」
不思議そうに見つめながら、ぼくに答えを求める。
ぼくはちょっと困った顔をして、道におきざりにされているジュースの缶を拾った。
「ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てなきゃないんでしょ?」
続けざまにタイチが聞いてくる。
「そうだね」
ゴミ箱がないか、辺りを見回しながら答える。どうやら近くにはなさそうだ。
「なんで? なんで?」
納得のいく答えがでるまで、質問攻めはやみそうにない。
どう答えようか、少し考える。
「きっと忘れていったんだと思うよ」
あまり妥当ではないかもしれないがとりあえず返答する。
「忘れていったの? 道端に?」
まだまだ疑問符は収まらない。
「そう。ちょっと置くつもりが、そのままにしちゃったんだと思うよ」
もちろんそんなケースは非常に稀だろうが。
「ふ〜ん。忘れっぽい人多いんだね」
まさに子供だましの答えだが、とりあえず納得はしたみたいだ。
家の周りを一〇分散歩しただけで、両手には収まりきらないほどの空き缶を拾った。息子がいる手前そのままにしておくわけにもいかず、全て拾ってきたのだ。それにしてもマナーの悪さに腹が立つ。
「それさぁ。持ってた人の所に返した方がいいんじゃないかなぁ」
しばらく黙っていたタイチが再び話し出した。
確かに落し物ならば、それは落とし主に返さなければならない。
しかし、これはどう考えてもゴミなのだ。
「でも、誰が置いていったのか、わからないからね。名前もないし」
ようやく空き缶入れを見つけ、両手が楽になったところで答える。
「んー」
タイチは何やら考えている様子だった。
「忘れ物がちゃんと持ち主のところに帰れたらいいのにね」
そうつぶやき、深く溜め息をつく。
ぼくはそれに同意しながら、家に入った。
次の日、目覚めのコーヒーを飲んでいたぼくは、あやうくマグカップを落としそうになった。
「今日、未明から、各地で家の庭にゴミが山積みになっている模様です。中継のオノハラさん」
そこに現れた光景は、なんともすさまじいものだった。
ゴミというよりは、それはもう小さな山だった。
家の高さよりも遥かに高いのだ。
空からの映像は、家々の庭にゴミが山積みになっている光景を映し出した。
「な、なんだこりゃ」
画面を食い入るように見つめ、ニュースキャスターの言うことに耳をそばだてる。
「一体誰が何を意図してこのようなことをしたのでしょうか?」
誰もが思うだろう疑問に、コメンテーターは小難しい言葉を並べたて、その質問をうまくはぐらかしている。こんな奇怪な現象に、まともなコメントができるわけがない。
「あなた、タイチは? まだ起きてないの?」
後ろから声をかけられ、視線が画面から離れる。
テーブルには朝食の準備が並べられている。この時間にタイチが席についていないというのは、病気でもしていない限りありえないことだった。ちょっと思い出してみるが、部屋にタイチの姿はなかったような気がする。
「もう起きたんじゃないの? 部屋にはいなかったと思うけど」
そういったぼくの顔を妻は怪訝そうに見つめた。
「そんな。わたしずっとここにいるけど、タイチの声なんて聞かなかったわ」
なんとも言えない嫌な汗が背中ににじむ。
「ちょっと部屋見てくる」
そのセリフも言い終わらないうちに、ぼくは席を立っていた。急いで廊下を駆け抜け、乱暴にドアを開く。部屋の中は起きたばかりで乱れている布団と、何事もなかったように鎮座している家具しかなかった。タイチの布団もまた、ぐちゃぐちゃに乱れていたが、そこに彼の姿はなかった。
「どこにいったんだ?」
呆然として立ち尽くしていると、テレビから何人もの子どもが行方不明になっているという話が聞こえてきた。
その子どもたちに共通していることは、みな実の親、つまり生みの親のもとにいなかったという点だった。
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