短編小説・ショートショート【極楽堂】

home > novel > 021-030 > 闇をくぐりぬけ

闇をくぐりぬけ

 夜ってなんで怖いんだろう。
 同じ場所でも明るいときと、暗いときでは、全然感じが違う。
 昼間なら平気なのに、夜一人でトイレに行くのにはずいぶん勇気がいる。
 ああ、あんなに飲むんじゃなかった。
 調子にのって、たくさん飲んだ、あのときの自分に馬鹿って言ってやりたい。
 ばーか。
 もう遅いけど。
 なんてことを考えている間に、おしっこはどんどんおなかの中にたまっていく。
 もう大きいんだから、おもらしなんか、するわけにはいかない。
 パパとママもこの部屋にはいない。
 一人で行くしかないのだ。
 ベッドから飛び跳ねるように起き、部屋の電気を点ける。
 突然の明るさに目がくらむ。
 まぶしい。
 だんだん目が慣れてきて、気持ちも決まってくる。
 よし。
 部屋のドアをゆっくりと開ける。
 ぎぃっと低い音がして、闇の中に光が飛び込んでいく。
 あたりはしんと静まり返り、たまに冷蔵庫のブーンという低い音がするだけだ。
 身体を壁にはりつけ、ゆっくりと進んでいく。
 後ろから敵に襲われないためには、この歩き方が一番なのだ。
 誰もいないのを確認して、廊下の電気を点ける。
 チカチカと電気がつき、闇を追い出す。
 こうやって明るくしていけば何も問題はない。
 壁から身体を離し、今度は堂々とトイレに向かって歩いていく。
 無事にトイレの前まで辿り着く。
 よくやった。
 自分で自分をほめてあげたい。
 もうおしっこは限界そうだ。
 急がないと。
 さっとドアを開ける。
 便座を上げると、中から白い煙がぼわっと出てきた。
 思わず、後ずさる。
 煙はだんだんと何かの形を作っていく。
 すぐにそれは人の形だとわかった。
 テレビで見たことがある包帯みたいのを頭にかぶり、服はボタンとかがないタオルみたいなのを着ている。
 一体なんなんだ。
 あっけにとられ、ぽかんと口を開けていると、煙のおじさんはしゃべりだした。
「これはこれは。はじめてお目にかかります。ワタクシ、トイレの精と申します」
 トイレの精?
 なんだ、そりゃ。
「この度はキャンペーン中でして、無作為に人の家を訪問し、願い事を叶えて回っております。今回、あなたはめでたく、ご当選なされました」
 途中の言葉の意味がわからなかったけど、どうやら何かに選ばれたらしいことはわかった。
「おじさんは、なんなんですか?」
 遠慮がちに聞いてみると、トイレの精は驚いたようにこっちを見つめながら、話しだした。
「おじさん? ワタクシのことですかな。ふむ、いささか心外ですが、まあ、よしとしましょう。あなたの望みを一つ叶えると言っているのです。分かりますかな?」
 なるほど。
 そういうことか。
「わかりました。それは何でもいいんですか?」
 ランプの精は大きく首を振る。
「いえいえ。なんでもいうわけではございません。例えば望みを増やして欲しいとか、自分に魔法を授けて欲しいなどというのは、できません。こちらの商売に支障がでますのでな。あまり程度の大きくないものの方がよろしいかと存じます」
 ふーむ。
 そうか、そうか。
「じゃあさ、ぼくを早くオトナにしてっていうのはどうかな」
 大きく頷きながら、ランプの精は微笑んだ。その顔はちょっとキモい。
「かしこまりました。それならばなんなく叶えてさしあげましょう」
 そう言うと、ランプの精は一メートルくらいのステッキをとりだした。
 それからブツブツと何か呪文のようなものを唱えながら、ぼくの頭の上でステッキをぶんぶん振る。
 どきどきして待っていると、ぼくは大切なことを思い出した。
 そして、思い出したころには、もうそれは手遅れだった。
 
「あらあら、おじいさん。よっぽどいい夢を見ていたようですね。でもお漏らししてもらっては困りますよ」
 濡れてしまった下着を恥ずかしく思いながら、ぼくは自分のベッドで目が覚めた。
home | novel | bbs | link

<< 021-030

© gokurakuten since 2001