短編小説・ショートショート【極楽堂】

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復讐の犠牲者

「これで……これで全てが終わったのか」
 切れ長の目に、長いまつげの細身の男は、黒髪を風になびかせながらそう呟いた。
 彼のすぐ先には、頬に傷を負い、髪もぼさぼさで、肌の浅黒い、いかにも人相の悪そうな男が倒れている。
「長い戦いだった」
 そう一言漏らすと、細身の男はその場に崩れ落ちた。
 死闘からの疲れが、一気に彼の身に襲い掛かる。
 意識を失いそうになりながらも、なんとか自らを奮い立たせる。
「くっ」
 なんとか意識を保ちながら、右手に握られている刀を杖代わりにして、満身創痍となった己の身体を立ち上がらせる。その刀身には、乾き始めた赤黒い液体が点々とこびりついている。
 ようやく身体を立て直すと、彼は倒れている男の方に、ゆっくりと歩いていった。
 その足取りは重く、今にも倒れそうである。
 ちょうど見下ろせる辺りまで辿り着き、男は深く息を吐いた。
「……まだ息があるのか」
 微かに上下する男の胸を見下ろしながら、忌々しそうに吐き捨てる。
 握られた刀を、最後の力を込めて持ち上げる。
 鈍い光沢の金属は、落ち始めている夕陽をきらりと反射した。
「お前のせいで、故郷は滅んだ。その罪はお前自身の命で償え!」
 そこまで言い終えると、彼は大きく息を吐いた。
 そして、呼吸を止め、全身の力を両の手に集め始める。
 意を決し、刀身を振り下ろそうとした瞬間、後ろから風を切り裂くような鋭い音が、彼の顔をかすめた。
「そこまでよ。刀を下ろしなさい」
 弾がかすった彼の頬には、真っ赤な裂け目が出来ている。
「だ、誰だ。俺の邪魔をするな!」
 精一杯の力を込め、腹の底から声をしぼりだす。
「早く、刀を下ろしなさい」
 それに全く動ずることなく、声の主は同じセリフを繰り返した。
 悔しさに歯軋りをしながらも、男は刀を捨てた。
 それを確認すると、数人の屈強な男が、彼を取り押さえた。
「なぜだ! なぜ俺の邪魔をするんだ! 俺は、俺はみんなの敵を討ちたかっただけだ!」
 悲痛な彼の叫び声は、全く何の効果ももたらさなかった。
 そのまま拘束衣に身を包まれ、白と黒の四角い車の中に無理やり押し込まれた。
 抵抗しようとも、その疲れきった身体で、何人もの男を相手にするのは無理な話だった。
 その傍らで、制服に身を包んだ、険しい顔の男が、血だらけで倒れている男に駆け寄った。
 脈を取り、小さく頷く。
「警部、まだ息があります」
 振り返りながら、さっきの発砲の主に報告する。
「そう、よかったわ。これで中年男性を狙った連続殺人も幕を下ろせそうね」
 ほっとしたように彼女は胸をなでおろした。
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