短編小説・ショートショート【極楽堂】

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自分らしく

「だから、個性なんてものは必要ないの」
 もううんざりといった感じでお父さんが言う。
 何度も繰り返されるこの会話。
 だけど、ぼくは諦めきれない。
「今、時代は個性の時代なんだよ。人の真似ばかりするんじゃなくて、ひとりひとりが自分のスタイルをもって当然なんだって」
 困った顔をして、大きく溜め息をつくお父さん。
「また、どこからそんな言葉覚えてきたんだか。それならね、周りで個性が流行ってるから、自分も個性的に生きようというのも、人の真似なんじゃないの?」
 なんだか、難しくてよく分からない。
 でもここで負けてはいられない。
「だってもう随分大きくなったんだから、アレやってみたいよ」
 小さい頃からの夢。
 未だ叶わず。
 人がやっているのを見て、ずっと憧れていた。
 お父さんは「しょうがないなぁ」とつぶやき、ぼくの頭を撫でる。
「今回だけだからな。特別だぞ」
 やった。
 うれしくて思わず、飛び上がる。


「まじで?」
 誰もいなくなった教室。
 辺りはすっかり橙色に染まり、カラスが二,三羽飛んでいる。
 最初は何気ない噂話をしていたのだが、いつの間にか話題は怖い話にうつり、今ではこの学校の七不思議に移行していた。
「これがさぁ。マジなんだって。四時四十四分に体育館のトイレにでるらしいぜ。二組のオオノも見たってよ」
 この話を語りなれているのか、サイトウは流暢に話を続ける。
「でも必ず一人で行かなきゃなんないだって」
 そこで、サイトウはふと時計を見た。
 つられてぼくも自分の時計を見る。
 四時三〇分。
 にやりと笑い、ぼくの方を見るサイトウ。
「お前、行ってきたら?」
 やっぱり。
 怖がりなのを知っていて、わざとこの話題をふったに違いない。
 一人で体育館のトイレに行くなんて、何もなくても怖いのだ。
「いや、いいよ。おっかないし」
 心底怖そうに言うぼくに、馬鹿にした調子でサイトウが言葉を続ける。
「おめえな、もう中三だぜ。おっかねえとか言ってらんねえだろ。ついてるもんついてんだべ?」
 ちょっとカチンとくる。
「もし行けないなら、明日みんなに言うからな。スミトモは超怖がりの女の子ちゃんでーすって」
 ここまで言われたならば、引くに引けない。
「あーあー、分かったよ。行ってやるよ。行けばいいんだろうが」
 こんな単純な会話につられる自分が情けない。
 サイトウはしてやったりという顔でカバンを手に取る。
「じゃ、明日、何が見えたか、聞かせてくれや」
 そういって軽く手を振ると、さっさと帰ってしまった。
 上手く乗せられてしまった……。
 行ってきたことにして、何も見なかったって言おうかな。
 いや、待てよ。
 話の展開からいって、やつは何かすでに置いてるのかもしれないな。
 行かなかったらばれるような何かを。
 あいつならやりかねない。
 深く溜め息をつき、ぼくは体育館に向かった。

 案の定、体育館は人気がなく、かなりの不気味さだった。
 周りをキョロキョロ見ながら、トイレに向かう。
 ギーッときしみながらドアが開く。
 何か出てきてもおかしくない雰囲気だ。
 サイトウの話では奥から二番目の個室に、でるらしい。
 ならば何かをしかけるにしても、そこにあるに違いない。
 時計を確認する。
 四時四十二分。
 もう少しだ。
 重い足を引きずり、個室のドアを開ける。
 背筋がひんやりする。
 思わず目をつぶる。
 でませんでませんでません。
 心の中で呪文のように唱える。
 そおっと目を開ける。
 何も変わった様子はない。
 ……いや、便座の上に何か紙が張ってある。
『ちゃんと来れたのか。よくやった。褒めてつかわす』
 明らかにサイトウの仕業だ。
 舌打ちし、その紙をひっぺがす。
 四時四十五分。
 なんだ、やっぱり何もでないじゃないか。怖がって損した。
 拍子抜けしたぼくは、そのまま用を足した。
 少し気分も晴れ、個室を出る。
 水道の蛇口をひねり、水を出す。
 何気なく、目の前にある鏡を見る。
 そこには自分の顔が映っていた。
 少し顔が赤くなっている。
 緊張と興奮のせいだろうか。
 再び自分の手に視線を戻す。
 そこで、なんとなく違和感を感じた。
 さっと顔を上げ、鏡を見る。
 映っているのは確かにぼくの顔。
 目を凝らしてみるが、他におかしいものはない。
 気のせいか。
 しかし、次の瞬間信じられないものを見た。



 今日こそは、念願の夢が叶うのだ。
 いつも人の真似ばかりしていて、うんざりしていたところだ。
 ワクワクして、人が来るのを待つ。
 来た。
 おどおどした表情の少年が入ってきた。
 ぼくの前を通り過ぎ、個室に入っていく。
 五分くらいして、戻ってきて再びぼくの前に立つ。
 少年は少し赤い顔でぼくの方を見た。
 早くしたいのを我慢して、いつものようにその表情を真似る。
 けれどもとうとう、こらえきれなくなり、笑みがもれる。
 手を洗っていた少年は、再びぼくの方を見る。
 ここで初めて、真似ではなく、自分の意志で、ぼくは大笑いした。
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