短編小説・ショートショート【極楽堂】
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氷のように美しく
「ずっと会いたかったわ」恐ろしく冷たい、憎悪に満ちた声が、室内に木霊する。
両脇を屈強な男に抑えられ、恐怖に目を見開いている女は、その言葉を聞いて死を覚悟した。
取り押さえられているその女は、それほど若いわけでもないが、その容姿は目を見張るほど、美しいものだった。苦痛でゆがむその表情さえも、並みの女性とは雲泥の差であることは間違いない。
それに対面しているのは、これもまた、世紀の美女といっていいほどの容姿の持ち主であった。ただし、こちらの方は、まだ若く、瑞々しさがその全身に溢れかえり、その美しさをさらに際立たせている。
「わたしを……どうしようというの?」
目の前の若く美しい女を、両の瞳でしっかりと見据えながら、捕らえられた女が尋ねる。
恐怖が全身に襲い掛かっていても、その態度は依然、凛としている。
そんな彼女を冷笑を浮かべながら見下ろす若い女。
その表情は恐ろしいほどに美しい。
室内には一〇人近く人がいるのだが、誰もがこの二人のやりとりに介入することはできなかった。それほどに侵しがたい雰囲気。凍りつく空気。直接、若い女に見つめられていないものでさえ、生きた心地はしない。
さもおかしそうに哄笑する若い女。
その声を聞いたものの背筋に冷たいものが走る。
氷の刃が、全身を突き刺す。
抑えられている女は、襲い掛かる震えに耐えながらも、キッと若い女を睨む。
それを軽く受け流すようにして、若い女は目をそらし、自分の隣に侍る側近に、目で合図を送る。
側近は、ゆっくりと首を縦に振り、赤々と熱された金属を持ってきた。
どのくらいの温度なのか、分からないくらいに熱された二つの金属。楕円で、穴が開いている。その穴はちょうど人の足首くらいの大きさだった。
その金属の登場に、若い女は笑みを浮かべ、抑えられた女は恐怖を浮かべた。
「まさか」
ほとんど声にならないくらいの声をあげると、突然両脇の男に身体を持ち上げられる。
「や、やめて」
女の絶叫が部屋を引き裂く。
周りのものは、これから始まる惨劇から目をそらした。
尚も叫び続ける女に、若い女は少し困ったような顔をし、すっと右手をあげた。
すると左側で抑えてた方の男が、女の口に、布を突っ込んだ。
叫び声は収まったものの、そこには「うっ、うっ」という声にならない叫びが依然としてある。
そこにもう一人、鎧に身を固めた兵士が近づき、尚も暴れ、抵抗している女の足首を掴んだ。いくら抵抗しようとしても、所詮は女の力である。屈強な男の力を上まるものではない。
白く美しい足首は、煌々と光る金属の穴に、差し込まれた。
じゅっと音がし、肉が焼ける匂いが漂う。
声にならない叫びは、いっそう強さを増す。
その目は、これ以上ないという位に見開かれ、涙と絶望をいっぱいに浮かべている。
「うふふ。はははっ」
堪えきれないといった感じに、若い女が笑い出した。
若い女性の嬌声。
何とも場違いなその笑い方に、周りのものは信じられないといった表情を浮かべ、若い女の方を凝視する。
そんな視線は全く意に介さず、笑い声はますます大きくなっていく。
今までずっと女を押さえつけていた兵士たちは、とうとう彼女を放す。
焼けた靴を履かされた女は、まるで踊っているかのように、激しく動き回った。
カンカンという床と金属がぶつかる音が、冷たい部屋の中に響き渡る。
女の笑い声と、その音だけが部屋を支配する。
やがて、踊りつかれて女は倒れる。
意識はもうない。
「ああ、楽しかった。やっとせいせいしたわ」
そう言って大きく溜め息をつく若い女を横目に、隣にいる王子は思った。
これがあの、白い雪のようだと言われるわたしの妻なのか、と。
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