短編小説・ショートショート【極楽堂】
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愛しの我が子
母性というものは、生まれつき身についているものではない。足元でぐったりとしている小さな身体を見下ろしながら思った。
自分の子どもを愛しいと思う気持ちが、最初から身についているならば、こんなことにはならないだろう。
なかなか泣き止まないから、自分になつかないから、言うことを聞かないから、さまざまな理由で、わたしはこの子に痛みを与えてきた。日に日にエスカレートしていく虐待。増えていく生傷。
そして、ふと我にかえり思うのだ。
また、やってしまった。
言いようのない後悔の念が、全身に降りかかってくる。
火のついたように泣いている子どもを抱き寄せ、もうこんなことはしないと泣きながら謝る。
しかし、その決意は長くともたない。
もたないというよりは、一瞬すっぽりとなくなってしまうのだ。
感情が高まってしまうと、理性の歯止めがきかなくなり、何も考えずに、手をあげてしまっている。
自分が嫌になる。
母親になるにも才能が必要なのだ。激しく痛感させられる。
足元に転がる全く動かないモノを抱き上げる。
知らず知らずのうちに涙がこぼれる。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
静かに嗚咽をもらす。
そのとき、ドアが開く音が耳に入る。
けれども、わたしは抱いているままの状態で動くことができない。
動く気力もない。
「またなのか」
冷たい声がわたしに突き刺さる。
頷くことすら出来ない。
「いい加減にしてくれ」
心底嫌そうな声。
これが一生を愛を誓い合った伴侶の声なのか。
やりきれない思いが身を押しつぶしていく。
彼は、わたしから、その子をとりあげた。
「やめてっ」
力を込めて抵抗しようとするが、それも敵わない。
右手一本でその子をぶらさげたまま、冷たく言い放つ。
「これは、人形だ」
そういって、乱暴に投げ捨てる。
人形?
何を言ってるの?
これはわたしの子よ。
「もう俺たちの子はいないんだ」
吐き捨てるように言葉を残し、部屋を出て行った。
彼の言葉も理解できずに呆然と立ち尽くす。
何を言ってるの、彼は?
この子、生きてるのよ。
どうして投げたりするの?
たくさんの疑問が沸きあがり、だんだん混乱してくる。
あれは、わたしたちの子なのよ。
投げ捨てられた方向から、赤ちゃんの泣き声がはっきりと耳に届いた。
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