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1cmの悲劇

 俺は自他共に認める暗黒街の一級の仕事屋だ。
 最近は誰にも雇われずに一匹狼で働いている。
 以前は、裏の仕事を渡してくれる親父に雇われていたのだが、その親父が、この前散歩をしているときに、いきなり殴られて死んじまった。今はそいつの息子があとを継いでいるが、そいつは親父の時よりも二倍近く手数料を取るので、こっちから辞めてやった。それからというもの、めっきりと仕事が減ってしまって、ここ数日は喰うモノも喰えずにいる有様だ。まさか新聞に「仕事承ります」なんて書くわけにもいかないので、前の客から仕事を渡されるのを待つしかなかった。

 道ばたで朝飯を探していると、一人の男に会った。何でもそいつは俺の前の客から話を聞いて仕事を持ってきたというのだ。仕事はある男をやって欲しいとのことだ。朝飯も喰えそうになかった俺はすぐにその仕事を受け、前金として半分もらうことにした。期限は一週間なので、全くちょろい仕事だった。男の説明を詳しく聞いた後、俺は早速調査に向かった。その男はある不動産会社の社長で、今までかなり悪どいことをしてきて、今の財産を築いたのだそうだ。俺は基本的に金持ちが嫌いなので、この仕事は「楽しく」できそうだった。

 俺はいつも調査は念入りにやった。
 仕事にミスは許されないのだ。失敗は自分の命さえ脅かす。
 今回もそれに漏れることなく、完璧な調査が始められた。まず、どの時間帯が狙い易いかだ。俺は一時も離れることなく男を尾けた。仕事場から自宅、そして愛人の家まで尾けていった。男は普段は秘書を連れていたが、さすがに愛人の家までは連れていかなかったので、俺はそこでやることにした。
 次に、俺はどうすれば男を一人にできるかを考えた。やるときはできるだけ一人の方がいいのは当然だ。もし片方に俺の顔を覚えられたら、こっちはおまんまの食い上げである。誰にもばれずにやるのがプロの仕事だ。一級ならばなおさらのことだ。俺は愛人宅での男の行動パターンをきっちりと調べることにした。

 調査を進めるうちに大きな事に気が付いた。愛人が少々便秘気味だという事だ。そのせいで女は長いことトイレにいる時間が多かった。俺は愛人の方がトイレに行っている間に男を狙うことにした。思い立ったが吉日、俺は早速明日、任務を遂行することにした。

 来た。男が会社から出て来た。秘書は連れていない、チャンスだ。車に乗り込んだ男の後俺はを尾けはじめた。会社から約二十分、男は愛人宅に到着した。三階にあるアパートの一室に向かって、男はエレベーターに乗り込んだ。俺もできるだけ平静を装って一緒のエレベーターに乗り込んだ。まさか自分が狙われているとは思ってもいないだろう。
 『チーン』
 ドアが開いた。俺たちはエレベーターから降りた。俺は男の向かう方向と同じ方向に進んだ。愛人の部屋は一番奥にあった。その手前が空き部屋であるというのは、もう調査済みだった。俺は男が部屋にはいるのを見計らって自分も部屋に入り込んだ。後は時を待つだけだ。俺は隣の部屋の会話に全神経を集中させた。
 部屋に入ってから一時間弱、女が席を立った。

 「今だ。」
 そう思った俺はベランダからとなりの部屋に静かに潜り込んだ。クーラーの付いていない部屋で窓を閉めているというのは考えられない暑い日だ。俺は難なく潜り込むことに成功した。男はテレビに見入っていて、俺の存在に全く気付いていない。俺は、慎重に、そして静かに男の背後に近づいた。大丈夫だ、男はまだ俺に気付いていない。そう思った矢先、男はこっちを振り向いた。
 「わっ、わ〜〜。」
 男は間抜けな声を上げた。やばい気付かれた。女が戻ってきてしまう。俺は焦った。なんてこった、ここまで来て。 
 「く、く、来るな〜〜〜。」
 できるだけ静かにやるのが一級だが、ここまで来てしまったものはしょうがない。俺のポリシーに反するがやってしまおう。そう思った俺は、すっと男に近づいた。
 『ぐさっ。』
 「ぎゃっ。」
 よしっ、しっかりと刺さった。男はもう声を失っている。これにて失敬することにしよう。俺はまたベランダから出ようと、男から離れようとした。
 「どうしたの、あなた。」
 やばい、女が出てきやがった。全くおとなしく気張っていればいいモノを、やむを得ないあいつもやってしまおう。俺は女にねらいを定めた。。
 「あっ、あいつに。」 
 男は俺の方を指さした。女は俺の方を睨んだ。おっ、なんだやる気か? 面白い。受けてたとうじゃないか。俺は風のように素早く、女の方に向かった。全くしゃしゃり出なければこんな事にはならなかったのに、俺は女に同情した。
 「こいつめ。よくも私の男を〜。」
 女は俺の方に向かって手を振り上げた。俺はそんなものにはかまわず、女の体をめがけて突っ込んでいった。女の手刀が俺めがけてものすごいスピードで振り下ろされた。まずい、このままではまともに受けてしまう。そう思ったときにはもう遅かった。
 『プチッ』
 俺は女の手に潰されてしまい。もう助かりそうもなかった。こんなところで俺の人生は終わってしまうのか。そう思うと俺は悲しくなった。
 「全くあなたも、蚊くらいであんなに騒がないでよ。」 
 「だってさ〜。俺、虫は大の苦手なんだよ。」
 薄らいでいく意識の中で、二人の会話を耳にしながら、俺は短い生涯の幕を閉じた。
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