短編小説・ショートショート【極楽堂】

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DNAには逆らえない

 それの実行を決断したのは昨日の夜だった。
 僕は、DNAからの命令でなんとしてもその任務を遂行しなければならないのだ。失敗は許されない。自然と僕の足は速まった。
 『果たしてうまくいくのだろうか。』
 そんな考えが頭をよぎった。
 『だめだ、だめだ。』
僕は頭を大きく横に振って、その考えを無理矢理頭から追い出し、任務の成功だけを祈った。
目的地まであと五〇メートル。
僕の心臓は狂ったように暴れている。手にも汗がにじんできた。体が燃えるように熱い。僕は拳を強く握った。残り五〇メートルがやけに遠く思えた。
 やっとのことでたどり着いた。僕は汗ばんでいた手のひらをズボンで拭き、大きく深呼吸をした。
 『よしっ。』
 僕はゆっくりとドアを開けた。中には数人、人がいた。その中の一人がちらっと僕の方を見た。僕は慌てて目をそらした。そのまま目を合わせないようにして、平静を装いながらずんずんと奥に進んでいった。だんだん呼吸も荒くなってきた。頭が真っ白になって何も考えられなくなってくる。僕は目当てのものを探し始めた。いろいろなものが陳列していたが、それの場所はあらかじめ調査済みだった。それの種類は様々だったが、前々からの検討の結果、その中のひとつが、一番自分の性にあっているという結論となった。
 僕は辺りを見回した。この任務は極秘に行われなければならないのだ。もし他の誰かにこの任務を見つかったら、僕の人生はめちゃくちゃになってしまうだろう。僕はゆっくりとそれを手にした。できるだけさり気なくしようと努めたが、少しだけ手が震えていた。体中が火照って熱い。それを持ったまま、今度はさっきの道を戻った。早く、速くここから立ち去らねば。
 出口まで来ると、僕の心臓は漸く落ち着きを取り戻してきた。 
 「あっ、お兄ちゃん。」
 聞き覚えのある声が建物の外から聞こえた。その瞬間、僕の心臓は止まってしまったような気がした。声のほうに目をやると、妹が母の横で無邪気に僕に向かって手を振っていた。母は僕を無言でじっと見つめていた。僕は、母と目を合わせることができなかった。無言のままで、さっき手にしたものをもとの場所に戻した。

 『今度は、夜中に任務を実行しよう』
 と帰り道で僕は心の中で誓った。確か、二丁目の本屋に自販機があったはずだ。僕は家に帰ってから、また入念な計画を練り始めた。
 『今度こそ任務を遂行しなければ。』
 季節はずれの風鈴が、部屋の窓辺で音を奏でた。 
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