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銀のピアスと彼のタバコ - sideB

「ねえ、ちゃんと聞いてる?」
 サリナに声をかけられ、はっとして我に返る。
「ねえ?」
「あ、うん。ちゃんと聞いてるわよ。眼鏡の気弱な少年が、オレンジ色の服を着たガキ大将から、金銭を搾取される話よね」
「はぁ? 誰もそんなこと言ってないわよ」
「え、えぇ?」
 呆れたようにサリナがため息をつく。
「もうっ。ちゃんと聞いてよ。彼氏が浮気してるかもって話」
「あああ。そっちのパターンね」
 とってつけたような笑みを浮かべながら、ストローでコーヒーをかき混ぜる。汗のかいたグラスの中で、氷同士がぶつかりあい、涼しげな音色を奏でる。その音でいくらから平静さを取り戻す。間違いなく、あいつのせいでわたしは冷静さを失っている。ちっ、いまいましい。
「どうも別の女と付き合ってるみたいなのよね。女と腕組んで歩いてたのを友だちが見たって言ってたし」
「人違いじゃないの?」
「だって一度や二度じゃないのよ」
 いらいらしながら、彼女はストローの袋をくしゃくしゃに丸めた。こんなとき、わたしはなんて言ってあげればいいのだろうか。下手なことを言うと、火に油を注ぐことになりかねない。まったく女友だちというのは神経を使う。彼氏という種族はきっとわたしの何倍も気を遣っているのだろう。そう思うと自然と尊敬の念がわいた。なりたくはないけど。
「それだけ目撃情報があるんなら、浮気してるんじゃないの?」
「うーん。必ずしもそうとは言えないじゃない?」
 おいおい、どっちなんだよ。
「そうねぇ。サリナはどうしたいわけ?」
「ん、わたし? わたしは彼のことは好きなんだけど。でもねえ」
 まったく面倒くさい。はっきりしろよ。
 そんなことよりも、わたしにとってはあの男の方が問題なのだ。一体どうしてくれようか。効果的な方法を入念に考える。いくつものプランがメリーゴーランドのように頭の中をめぐる。
「でも、やっぱり別れた方がいいのかなぁ」
 テーブルに肘をつきながら、サリナは独り言のようにつぶやく。てか、そうやって全部自分で決めるなら、わたしがいる意味あるのか?
「ねえ、どう思う?」
「んー、ゆっくり考えてみたら?」
「そうねえ。うーん」
 ひらめいた!
 サリナに適当に相槌をうちながら、いい考えがひらめいた。これならばあの男をぎゃふんと言わせられる。
「サリナ、ちょっとごめん」
「ん?」
「すぐ戻るから」
 彼女の返事を聞く前に、わたしは席を立っていた。
 そしてゆっくりと一組のカップルの元に歩いていく。これから起こる事態を考えるとちょっと気の毒に感じたが、自業自得なので勘弁してもらおう。
 何も言わず黙ってテーブルの横に立つ。
 少しぽっちゃりした、瞳の大きい女の子がわたしのことを見上げる。
 心の中で「ごめんね」と謝る。けれどもできるだけ感情を押し殺し、一言。
「ねえ、タカシ。この女、誰?」
 男は蒼白な表情でわたしを凝視している。わたしは無表情をキープしたまま男を見下ろす。
「やっぱり浮気してたんだ」
 うつむいたまま女の子がつぶやく。その声は少し震えている。
 突然のわたしの登場に、男は明らかにパニくりながら、わたしと女の子を交互に見つめている。
「え? え? 知らないってこんな女。てか、あんた誰?」
「もういいからそういうの」
「だって本当に知らないんだもん」
「今、はっきりとタカシって言ったじゃない。どうして知らない人が名前知ってるのよ」
「え? だけど、その」
 女の子はすっと席を立った。
「サイテー」
 吐き捨てるようにそう言い、彼女は赤く小さな袋を男に向かって投げつけた。
「ほ、ほんとに知らないんだよ。ねえ。おい、お前誰だよっ」
 わたしはただ無表情に男を見下ろす。 目に涙を浮かべながら女の子は駆け出す。男は呆然としたまま彼女の背中を目で追っている。あらら、大変大変。
「追わなくていいの?」
 にっこり笑って彼に声をかける。
 びくっと身体を震わせると、彼は正気を取り戻し、わたしに一瞥をくれると、彼女の後を追って走り出した。
 この哀れな男はこれから一体どうなるのだろう。
 あなたがいけないのよ。
 禁煙席でタバコを吸うから。
 わたし、禁煙三ヶ月目だっていうのに。

June 14, 2005


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