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銀のピアスと彼のタバコ - sideA

「ねえ、ちゃんと聞いてるの?」
 苛立ちを隠そうともせずに、わたしは彼に問いかけた。
 短くなったタバコを吸いながら、彼は素知らぬ顔をしている。ゆっくりと煙をくゆらせ、大きく息を吐く。その態度がまた癪に障る。こっちは真剣に聞いているのに。
 落ちそうになった灰をどうしようかと、彼はキョロキョロしていたが、あいにく灰皿はない。これみよがしにため息をつきながら、わたしの携帯灰皿を差し出す。
「お、サンキュ」
 灰を落とし、その口を閉じると、今度はコーヒーを手にした。どうやら一向にわたしの質問に答える気はないらしい。
「ちょっと、タカシっ」
 思わず声が大きくなり、隣の席のおばさんや周りの人たちがこちらをちらりと見た。ばつが悪くなり、髪をかきあげる。
「だから、浮気なんてしてないっつうの」
 もういい加減にしてくれといった感じで、タカシはため息をついた。
「だって、友だちが見たって。あんたが女の人と腕組んで歩いているの」
「はあ? 友だちって誰よ」
「そんなの今は関係ないでしょ」
 面倒くさそうに彼はまた息を吐く。
「わたしたちまだ付き合って三ヶ月よ。どうしてもう浮気なんてしてるのよ」
「だから、してないって言ってるだろ。お前しかいないって」
 さっきよりは幾分申し訳なさそうな顔をして、彼は頭をかいた。彼なりの反省の表れのようだが、一般的な標準から考えても、反省の度合いが低い。この男はろくに謝ることもできないのか。どうしてこんな男と付き合っているのだろう。
「なんだよ、信じられないのか?」
 その質問に対し、黙ってうつむいていると、彼は再びタバコを一本取り出した。相変わらずのヘビースモーカーだ。そのせいでこんなにガリガリにやせているのだろうか。
「ちっ、しゃあねえな」
 そう言いながら彼はポケットから小さな包みを出した。小さな金色の星がいくつも描かれた赤いラッピング袋。照れくさそうに、それをわたしの前に置いた。
「何これ?」
「んーとさ、おれら付き合って明日で三ヶ月だろ。だから記念にと思って」
 予想外の奇襲だった。
 さっきまで冷め切っていたわたしの感情が一気に熱くなる。我ながら単純な女。
「開けていい?」
「ああ、大したもんじゃないけどな」
 わくわくしながら袋を開ける。心は早く早くと急かしたが、袋を破るのがもったいない気がして、慎重にテープをはがす。ゆっくりと急いで。
「わあ」
 小さなシルバーのピアスだった。一センチくらいの銀のイルカが、かわいらしくかたどられている。一目で気に入り、目の前にかざす。まさか、こんなものをくれるなんて思いもしなかった。プレゼントなんて、絶対くれないタイプだと思ってたのに。
「ありがと」
 さっきまでの不機嫌さはどこへやらで、わたしは彼に微笑みかけた。
「おう」
 照れ隠しのためか、彼はそっぽを向いてタバコを吸っている。顔が少し赤く染まっているのがかわいくて、おかしかった。
 にやにやしながら手の平で転がしていると、突然、近くの席に座っていた女の人がつかつかと、わたしたちのテーブルの側に歩いてきた。
 髪の長い、目鼻立ちの整ったきれいな人だ。テーブルの横に立ったまま、わたしたちのことを見下ろしている。
 タカシは逆側を見ていたので、すぐには気づかなかったのだが、さすがにすぐ側まで来ると、気配を感じて、彼女の方を向いた。
 何が起こっているのか分からずに、呆然として、彼女を見上げていると、その唇から恐ろしい言葉がわたしに降りかかった。
「ねえ、タカシ。この女、誰?」
 予期せぬ彼女の一言にわたしは凍りついた。

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