天国への扉 (03’22)

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ブラックアウトサマー

昨今、身体のことを考えて、以前よりも酒の量を減らしている。
数年前は自宅で毎日のように飲んでいたが、最近は週の半分以上は飲まないようにしている。
そういうこともあって、もしかすると以前より酒に弱くなっていたのかもしれない。
さかのぼること約半年。
仕事終わりのわたしのもとに、突然旧友が現れ、そのまま飲みにいくことになった。その日、午前と夕方に仕事をしており、体調も万全とはいえない状態だったが、久しぶりということもあり、ちょっと遠くまで出ることにした。
まず1軒目は何度か行ったことのある居酒屋へ。今夜は大いに飲もうということで飲み放題にする。
昔話に花が咲き、さらに近況などの話もする。彼とは共通する話題も多く、かつ彼としかできないような話も少なくない。
そんなわけで大いに盛り上がった我々は2軒目へ。そこでふと思いついて、近くに住んでいる知人にメールをし、彼も呼ぶことにした。彼はまだバイトがあるということで、それが終わったら駆けつけるとのことだった。
この辺から俄然酔いが回ってきた。
仕事の疲れ、久しぶりの大量のアルコールということもあり、徐々に記憶も怪しくなってくる。
そしてもうこの辺から記憶は断片的になる。
さっきメールした相手がやってきたときには、我々はべろんべろんで、まさに酔っ払いといった様態だったらしい。実際、わたしに彼と会った記憶はない。
そこでもうひとりが入り口付近で吐いたり、わたしが急にいなくなったりで、彼はただ迷惑をかけられるために来た感じになった。
目覚めると、わたしは駐車場にある自分の車の後ろに寝ていた。後部座席ではなく、まさに地面の上である。推測するに吐くために外に出て、そのままそこで寝てしまったようだ。
もうひとりの彼は車の中で、赤いカラーコーンを抱きながら眠っている。
……いったいなにがあった?
とりあえず身の回りのものを確認してみると、財布、携帯などはあるのだが、手帳代わりにしていたメモ帳がなくなっていた。もちろん身に覚えはない。
さすがにこんな状態で帰れるわけもなく、しばらく仮眠をとることにするのだが、吐き気が際限なく襲いかかってくる。水を飲んでも、そのまま全部吐き出してしまう始末だ。
二度と飲むまいと思いながら、便器に顔を突っ込む。もはや胃液しかでない。だが吐き気は収まらない。これほど苦しいのは初めてだった。
ちなみにメールで呼び出した彼には後日、酒をおごった。
誠に申し訳ございませんでした。


コドモの家族

「小人は同じて和せず」という言葉がある。
大したことのない人物というのは、周りの意見にただ同調しているだけで、人と協調しているとは限らない、という意味だ。
日本人は特に周りに合わせたがる民族で、「周りに合わせないようにする」という行動すらも「合わせよう」とする。
たとえば中高生による「不良化」である。
髪を染めたり、眉をそったり、ピアスを開けたり、服をだらしなく着崩したり、という一連の行動である。
きちんとした格好をすべしという体制に対する反抗のようだが、たいがいこういう行動を起こす人物というのはひとりではない。
先輩であったり、友人であったり、何らかの集団を形成し、なされるものだ。
友人がしているから自分もする、というのは実に日本人らしい発想だ。
そうして形成された集団は仮想敵として、学校の教師や、他のクラスメイトを設定し、それらに反抗することで自分たちの仲を深めようとする。
それが彼らの「青春」なのだ。
決められたレールに従うのが嫌で非行化するというのは割とポピュラーで、昔からあることである。
学校をさぼったり、親に逆らったりしている彼らは、学校に居場所を作り、親に保護されて生きている。
「ガキ扱いするな!」と言いつつ、家に帰ってご飯を食べさせてもらっている。挙げ句の果てにはケータイの代金を払ってもらい、お小遣いまでもらっている。
学校が嫌ならやめればいい。
中学校は義務教育だが、高校は別にいかなくてもいい。
じゃやめるのかというと、ほとんどが嫌々ながらも行く。でも、普通に受けるのが嫌なのでわざわざ反抗する。
親がむかつくなら家も出て行けばいい。
自分で働いて、その金で暮らせばいいのだ。
でも、ほとんどが文句を言いながらも家にいる。でも、親の言うことは聞かずに、でかい口ばかりたたく。
さらに彼らはやたらと感情論を持ち出す。
たとえばこちらが論理立てて話をしてみても「うるせえ」「だまってろ」「関係ねえだろ」などと、実に非理論的な返答をしてくる。どうも考えるという行動が苦手らしい。
以上から考えて、彼らが子ども以外の何者でもないということは明らかであろう。
そんな彼らのほとんども、大人になると普通に家庭を築いて、子どもがいたりする。改心してちゃんとした大人になっていればまだしも、子どものまま親になってしまう人も最近は少なくない。「子どもの家族」というのは実に恐ろしい集団だ。
果たしてこれをなくす方法があるのだろうか。生憎、そのような妙案は今のところ思いつかない。


何回言ったらわかるんだ!

「何回言ったらわかるんだ!」
文面は多少異なるかもしれないが、こんな言葉をあなたも何度も耳にしたことがあるだろう。
親が子どもに、教師が生徒に、上司が部下になどなど、いろいろなシーンで頻繁に聞く言葉だ。
一見すると同じことを言われても理解できない方が悪いように思える。しかも往々にしてこういうことは言われている方が弱い立場であることが多い。
だがこの言葉、よくよく考えてみると、言っている方にも少し問題があるのではないだろうか。
たとえば、ほとんど英語を理解できないものに対し、英文を暗唱させるとする。
対象となる人物は簡単な英単語どころか、アルファベットもろくに読むことができない。
そういう人に対し、その英文を5回読み聞かせるとする。それでも理解できないなら、もう5回と数を増やしていく。果たしてそれで英文を覚えることができるだろうか。まず無理だろう。
そう、「何回言っても」わからないのである。
ならばどうするべきか。
一般的に考えれば順序立てて教えていくのが順当であろう。
まずはアルファベットから始まり、発音の仕方、英単語、文法と教えていけば、ある程度の英文を覚えるのはさほど困難なことではない。
つまり、やり方を変えれば理解度は格段に変わるはずなのだ。
何を今更そんな当たり前のことを、と思われるかもしれない。
だが、ちょっと自分を振り返ってみてほしい。
先に挙げた言葉、あなたも言ったことがないだろうか。
そのときあなたは同じやり方で、同じことを何度も言ったのではないだろうか。
それでも理解できない相手に対し、ついついキツい口調になったりしなかっただろうか。
少なからず思い当たる人はいるはずである。
そんなことになる前にまず立ち止まって自ら省みる必要がある。
本当にこの方法で相手は理解できているのか。他にもっといい方法があるのではないか。相手の理解を助けるにはどうすればいいか。
そういうことを考えればもっとコミュニケーションは円滑に進むはずである。そもそも先の言葉を言う必要もほぼなくなるはずだ。
自分と相手というのは、持っている知識も違うし、育ってきた環境も違う。同じ言葉に対して抱くイメージすら異なっていることもある。
そんな相手に対し、何度も同じ言葉を繰り返せば絶対にわかるはず、と思いこむのは、いささか短絡にすぎやしないだろうか。


ソーオンの人

軽く酒を飲み、夜はネットカフェで過ごすことにした。
いつも利用するところがあるのだが、たまには違うところにしようと思い、行ったことがないところへ。19時から7時までの12時間パックを利用することにした。
リクライニングベッドタイプの個室で、PCとテレビもあり、簡易式の金庫までついている。ただなぜか自分のところは壊れて使えなかった。
連日暑い夜が続いていたが、ここは少し肌寒いくらいだった。カウンターに行ってブランケットを借りてくる。
とりあえずたまりにたまっている未読の新刊を読もうと、漫画を何冊か持ってきて、読み始める。
ガサガサ。
ビニールぶくろを開く音が。
ちなみに、この店は持ち込みもOKなので、それ自体は問題ない。
ガサガサ。
ガサガサ。
え? そんなに開けるものあるか?
そのガサガサは数時間ほぼ途切れることなく鳴り続けた。フードファイターでも滞在しているのだろうか。
夜中になり、ほとんど話し声もなくなる中、かすれるような女性の声が聞こえる。音量はそこそこあるのだが、何を言っているかまったく分からない。ペアシートに女性ふたりでいるようで、もう片方の声ははっきり聞こえる。年齢差から考えて、親子だろうか。
かすれ声の女性(老婆?)はやたらと痰がからむらしく、「うあ、げはっ、うー、かっ」と、ちょっとしたモンスターのようである。頭の中で、幼い少女とあまり言葉の通じないトロル的な生物の組み合わせが思い浮かぶ。
彼女は本当に苦しそうで、まともに息もできてないような感じなのだが、その割にやたらと話し続けており、1時を回っても、その話声はおさまらなかった。そして思い出したかのように鳴るガサガサ。さらには歩くとき、やたらとキュッキュッと音が鳴る。これほどまでに、ひとりで騒音を出すのは日本のネカフェ界の中でもそうそういないのではないか。
あまりにもうるさいので「うるせ」と小声で何度かつぶやいたそれに比べたら別の個室から聞こえるおっさんのいびきなどかわいいものである。
丑三つ時を回るとようやく音もやんできた。これでようやく眠れるかと思ったら、5時過ぎには再開。
あまりにも苦しそうなので店員に言った方がいいのではないかと考えるが、もう片方は普通に接しているので、珍しいことでもないのだろう。
結局、こりゃもうたまらんということで、7時前に店を出た。
あんなに苦しそうなら、ふたりでビジネスホテルにでも泊まればいいのに。