キミが人狼 3
「泉さーん」
メグが手を挙げた。
「はい?」
「えーと、予言者って」
「ひとりですね」泉がちょっと意地悪そうな笑みを浮かべながら答えた。
内心面白くなってきたと思っているに違いない。
みんなが翔と将軍の顔を見比べる。
翔は不安げにうつむき、将軍は不適な笑みを浮かべている。
周りがざわつき始める。
「面白い」
将軍は「おほん」と、また咳払いをした。
「予言者はひとり、しかし名乗り出たのはふたり。つまりどちらかが偽物ということになります。わたくしと彼、どちらかが嘘をついて、みなさんをだまそうとしている。すなわちそれは、どちらかが狡猾な狼男であることを表しています」
まるで演説のように語り始めた将軍に、みんなが耳を傾ける。
彼の声はその外見と異なり、非常に聞きやすい。
翔は不安げに将軍を見つめ、とーちゃんはそんな翔と将軍を交互に見比べている。
「ふむ。困った。わたくしがここで何かを言えば言うほど、みなさんの目には怪しく映るかもしれませんな。はてさて、どうやって身の潔白を証明すればよいか」
将軍は芝居がかった様子で両手をあげ、天を仰いだ。
「はーい。しつもーん」
そこでメグが手を挙げた。
「ねえねえ、翔くん。キミは誰の正体を見たの?」
あ。
確かにそれはまだ聞いてなかった。
タケヤマが「うん。それは重要だ」と言いながら何度もうなずいている。アダムは事態があまり飲み込めていないようで、きょろきょろとみんなの顔をうかがっている。この人、ほんと大丈夫かな。
「えと、ボクは」
もじもじしながら翔はメグを指さした。
「メグさんを見ました。それで」
翔は自分の前に両手でWを作った。
「こういう判定でした」
Wはすなわち、WEREWOLF、人狼と言うことだ。
だが、村人の一員であるライカンもまた、正体は人狼と判定されてしまう。
そして、メグはあらかじめ自分がライカンだと言っている。
ならばWと判定されても別段おかしくなはい。
「うん。確かにキミの目にあたしは人狼と映ったと思う。さっきも言った通りあたしライカンだしね」
隣にいるメグが「そうそう」と言いながら何度もうなずく。
「あの、でも」
刹那が肩を縮こまらせながら、申し訳なさそうに手を挙げた。
「メグさんが人狼という可能性もありませんか?」
そうなのだ。
その可能性は決してゼロではない。
Wと判断されたということは、少なくとも彼女はただの村人ではないのだ。
「は? あんた何言ってるの?」
食ってかかったのはルミである。
「メグはライカンだって言ってたじゃん。だから、人狼って判定だったんでしょ」
「いや、でも。あの。その」
「あ? なに?」
「えと、なんでもないです」
ルミの勢いに負け、刹那はしゅんとなって黙ってしまった。
彼の言うことはもっともである。
もしメグが人狼だった場合、彼女はライカンという免罪符を手にし、ゆっくりと夜に村人を襲うことができる。
だが、その場合、わざわざ自分がライカンだということを最初から白状するだろうか。
とりあえず黙っておいて、予言者に自分の正体が見られたときに初めて、実はライカンだと言えばいいのではないか。
あらかじめ自分の正体がライカンだと言ってしまうのはそれなりのリスクがある。
いらぬ注目を浴びることは誰であれ、避けたいところだろう。
だが、それを逆手にとれば……
考えれば考えるほど混乱してくる。
「そうだね。確かにあたしが人狼だという可能性もあると思う」
「え? ちょっとメグ」
「いいの。ルミ。これはあくまでも可能性の問題」
興奮しているルミを諭すようにメグが語り出す。
「あたしはさっきも言った通りライカンです。なので、予言者の目には人狼と映りました。だから疑われるのも当然のことです。さっきの刹那くん発言はもっともだと思います」
視線を向けられた刹那は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「確かに」とタケヤマが相づちをうつ。
ルミは納得いかないようで、口をとがらせている。
「このゲームは村人と人狼のゲームです。なので、たとえ犠牲者が出たとしても、村人側の誰かが勝てばチーム全員の勝利となります。そうですねよ」
「ですね」と泉がうなずきながら答える。
「実際、1人も犠牲者を出さないで村人が勝つことは不可能です。人狼は2人いるので、たとえここで1人をリンチにかけたとしても、夜に、もう片方の人狼によって、誰かが襲われることは確定しています」
「あー」
確かにそうだ。
説明されて気づいたが、無傷で勝つことは無理なのだ。
1回でリンチにかけられるのは1人で、どうやったって1日で2人の人狼を撃退することは不可能だ。
つまり、必ず犠牲者はでる。
だが、それで脱落したとしてもチームが勝ちさえすれば、自分も勝ったことになる。
「ライカンのあたしが疑われるのは仕方ないと思います。村人の立場を考えれば、人狼と判断された人が一緒に残っているのは気持ちがいいものではないですしね」
「えー、なんでー」
「もう。だから今その理由を言ったでしょ」
「だってメグ、ライカンなんでしょ?」
「それはそうだけど。そんなこと言い出したら、このゲーム自体が成立しないでしょう」
だだっこをあやすようにメグがルミをなだめる。
「村人が勝つにはどうしても犠牲が必要です。それで勝つことができるなら、今回あたしが選ばれることに異論はありません」
「むう」
ルミはまだ納得がいってないようだ。
それはそうだ。
もしメグが本当にライカンだとすると、自らの手で味方を裁くことになる。
「えーと、それでは」
タケヤマが数回手をたたき、注意を引く。
「今回はメグさんに投票するということでいいですか?」
「かまいません」
「いい、と思います」
「仕方ないですね」
みんなの様子をうかがうと、だいたいが肯定意見のようだ。
ヒントがまだあまりない状態の今、この選択はある意味順当なのかもしれない。
「泉さん」
タケヤマが泉の方を振り返ると、もう彼は投票用紙とボールペンを配り始めていた。
「さてさて、1日目はスムーズに進んだようですね。それでは改めてリンチにかける人を選ぶ方法を説明します。今、みなさんの手元には何も書かれていない紙が配られています。そこに今回自分が選んだ人の名前を書いてください。自分の名前は書かなくて結構です。もし1位が同票の場合、今度はそのふたり、またはもっと多数ということもあるかもしれませんが、その人たちに限定した決選投票を行います。そして残念ながら選ばれた人はリンチにかけられゲームから脱落することになります。その人の役割がなんだったかはわたしが確認し、正体が人狼か、そうでなかったかだけをみなさんにお知らせします。ただし、先にも述べていたように、ライカンの正体は人狼と判断されます。ここまでで、なにか質問はありますか?」
「大丈夫です」
「ないです」
「あと、これも改めての確認なのですが、ゲームから脱落した人は、生き残っている人に対し、何も発言できません。もし、何か分かったとしても黙っていてくださいね」
「わかりました」
「はい。では、みなさん。今回選ぶ人の名前を記入してください」
さて。
この流れだと大方の投票はメグに流れそうだ。
ぼくもそれにならって大丈夫かな。
うーん。いくらゲームと言っても、リンチにかける人を選ぶというのは気持ちがいいものではない。
かといって、選ばないことにはゲームにはならない。
「こちらに投票箱を置きますので、書き終わった人はここに入れてくださーい」
泉が座っていたパイプイスに紙製の黒い箱が置いてある。
もちろん上面には細長い長方形の穴がある。
すでに何人かは立ち上がって、投票している。
ルミはちらちらとメグの顔をうかがっており、まだ名前を書いてもいないようだ。
よし。
メグさんにはすまないけど、今回は投票させてもらおう。
白い紙の真ん中に、小さく「メグ」と書いて、ぼくも席を立った。
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