本当にそれ当たってますか

「あるあるネタ」というものがある。
「A型あるある」「長男あるある」などなどさまざまな「あるある」が日本にはあふれている。
そこには「A型の人は、これこれこういうことがあります」と類型化された情報が書いてある。
この情報は、読んだところで「へー」となるくらいのもので別段役には立たない。特に有益であるとか、知っていれば得をするということもないだろう。
ではなぜこんなに多くの日本人は「あるあるネタ」が大好きなのか。
これは実に日本人的な理由で、自分もそのタイプの一員であるということを確認したいためではないだろうか。
それを読むことで、「ああ、自分もこれと同じだ。仲間がいっぱいいる」と安心するのだろう。
また自分のことを知って欲しいという欲求が満たされるというのも理由のひとつなのかもしれない。
「ああ、これも当たってる」ということが、いくつも重なれば、自然と自分のことが理解されたような気がしてくるだろう。人に自分のことを理解していもらうというのは、多くの人が欲求としてもっているものだ。
しかし、少し冷静に考えれば分かる通り、あんな類型化はほとんど根拠がない。何となくそんな感じ、程度の理由だろう。
では、なぜあそこまで当たっていると感じるのか。
「バーナム効果」というものがある。
誰にでも当てはまるような内容が書いてある紙を対象に配り「これは○○による診断結果ですよ」などと言うと、ほとんどの人がよく当てはまると答え、「これは一般の人に当てはまることですよ」と言うと、ほとんどの人があまり当てはまるとは答えなかったという。
同じ内容を渡しているのにこんなにもリアクションが違うわけである。いかに人間が付加価値によって左右されているかがわかる。
また「ピグマリオン効果」というのもある。
こちらは、小さい頃から「あなたは~だから、~という性格のはず」と刷り込まれていると、だんだんとそのように振る舞うことになるというものだ。
日本では血液型占いはかなり一般的で、否定しようものならば、ムキになって反論されることもあるほどポピュラーなものである。そんな社会下で「A型は几帳面だ」などという刷り込みを頻繁にされているれば、当然影響を受ける人も出てくるだろう。
それが結果的に「血液型占いは当たる」という結論をねつ造している可能性も否定できない。
そう考えると「お前A型のくせに几帳面じゃないなんて変わってるな」という発言は何とも空虚で恐ろしいものではないだろうか。